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特集・コラム 2020年1月3日(金)12:00

【明田川進の「音物語」】第33回 岩田光央さんとの対談(後編)声優は“商品”で事務所は“問屋” (2)

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――本の冒頭、仕事帰りのサラリーマンの姿を見て涙がでたというところからはじまっているのもすごいなと思いました。

岩田:ちょうど「AKIRA」をやった少しあとぐらいのエピソードですね。「AKIRA」という大きな作品で役をいただき、小劇場の舞台では必死になってあがいていた、今振り返れば下積み時代なんでしょうけども、当時は自覚がないものの、やっぱりずっと不安があったんでしょうね……。サラリーマンの方たちの姿を見て、そうした方々の幸せな日常から乖離(かいり)している自分を自覚した瞬間、「ああ、もう自分は戻れないんだな」といろいろな思いがふきだし、嗚咽(おえつ)するぐらい泣けたんです。しばらくしないと家に帰れないぐらいでした。そうした不安を抱えながらやっていくことが、この職種の厳しさでもあると思うんです。

――明田川さんも、声優志望の人から相談をうけることが多いと思います。

明田川:コラムでもお話した京都の大学で教えていた5年間、アフレコ実習をやっていて、そのときは東京から声優さんを呼んでアフレコとはこういうものですと体感してもらっていました。それを見た生徒の何人かが、だいたい夏休みが終わった頃ぐらいに「声優になりたいんですけど、どうしたらいいですか」とくるんです。

――どう答えられるのでしょうか。

明田川:うーん。僕が「こうやったほうがいいよ」と言ったとおりにやってもなれるとはかぎりませんからねえ。僕個人としては、養成所にいくよりも劇団で苦労したほうがいいんじゃないかなと思っていますけれど。

――それは、どうしてでしょう。

明田川:昔の話になりますが、俳優座の養成所がなくなったあと、桐朋学園に演劇部ができて、そこに養成所の機能が移ったことがあるんですよ。その演劇部の学生は、毎月演目を変えて公演をするんです。そうすると演目で与えられた役について1カ月、えんえんと稽古をつむことができます。それを1年間やり続けると、10本ちかい演目でそれそれ違ったキャラクターの芝居作りをすることになります。これは役者にとって、すごくいい経験になるなと印象に残っているんですよね。多方面にわたって「芝居をやる」ことに徹することができて、しかも舞台は人に見てもらえる表現の場でもある。「声優になりたい」と聞かれたとき、「そういうことができたほうがいいよ」とは、わりと話すことがあります。もうひとつよく話すのは、劇団でも養成所でも、そこから進んで事務所に入れたとしても、そこで安心したらダメですよと。そこがスタートなんだから、ということもよく言います。

岩田:(深くうなずきながら)ほんっとにそうですよね。声優事務所に、預かりや准預かりで入って、もうゴールだと思ってしまう人たちが本当に多くて……。いやいやいや、まだスタートにも立ってないぞと。そこからまずは端役をつかんで、仕事をはじめたところからが、やっとスタートだと思います。会社によってはそうでないところもありますけど、基本、声優業界の事務所は問屋ですから。

明田川:なるほど。

岩田:僕は、事務所を問屋のようなものだと考えています。そのなかで、総合問屋のような青二プロダクションもあれば、何かしらのジャンルに特化した事務所もあって、“商品”である僕ら声優を、どこに売ればいいかが仕事ではないかと。では、その問屋のなかで自分をどの棚においてもらうかってことになりますよね。そのときに、商品として自分のどこが売りで魅力的なのかということを、どれだけ自覚できるかが大事だと思うんです。
 今の例えでいいますと、あくまで問屋は卸すだけであって、自分自身の商品価値がなければ卸してもらえない可能性すらある。そこを勘違いしてはいけないと思います。事務所に入って「やった、レールに乗った」と思ってしまう人が多いのは心配になります。これは、専門学校や養成所に入るときも同じことがいえます。無自覚にただ入れば大丈夫だろうと思うのではなく、「声優とはどんな職業なのか」を自覚すれば、おのずと「そこに入って何をやるか」の意味が分かるはずなんですよね。

明田川:学習能力の高い人は、養成所のときから、そのあたりのことをよく分かっていますよね。

岩田:例えば養成所に入って、このままでは自分の商品価値があがらないと感じていたら、明田川さんが言われたように小劇場の舞台でもまれてくるのもいいと思います。嗅覚のするどい子は、明田川さんからの言葉を聞いてピンとくるはずなんですよ。「なるほど、1年に12本舞台をやる劇団に入れば私の商品価値はあがるんだ」と思えれば、そのために何かをしようとするでしょう。こうした自覚は「若いから仕方ない」ではすまされないと僕は思っていて、分かる人は年齢関係なく分かるはずだと考えています。

明田川:僕は、その人のターニングポイントになるようなことをするよりも、その人自身が自分で何かを見いだして、どんどん変化して成長していく過程を見るのが好きなんですよ。「AKIRA」でご一緒した岩田さんが、その後、「ミルモ」で成長した姿を見せてくれてうれしかったのと同じです(笑)。

岩田:(笑)。ターニングポイントといえば、僕には持論がありまして、若いときには神様が均等に2回チャンスをくれるんじゃないかと思っているんですよ。誰にでも2回ぐらいは、いい具合にチャンスをくれるはずで、ただこのチャンスをチャンスとして自覚できるか否かが、その人のセンスだよなと。

明田川:ああ、なるほど。

岩田:「あ、これはチャンスだ」と思ってつかめるか、分からないままスーッと通り過ぎてしまうか。チャンスだとすら気がつかない人が意外と多いんじゃないかと思っています。

明田川:多いと思いますよ。せっかくここまできているのに、どうしてやらないの? っていう。

岩田:そうなんです。すごくもったいないですよね。「今チャンスだよ」って思うんですけども、それもセンスなんですよねえ。つかめる人もいれば、まったく気づかないままの人もいる。それは周りを見ていて、よく思います。

――岩田さんのチャンスのひとつは、「AKIRA」の出演ですか。

岩田:「AKIRA」はチャンスのきっかけでしたね。そこで醸(かも)されたといいますか。これは本にも書きましたが、当時働いていたデザイン事務所の社長さんに、デザイナーか声優のどちらかを選べたと言われたときに千葉繁さんに相談したのが、僕の大きなターニングポイントだったと思います。あのとき、もし相談相手が千葉さんでなかったら……。

明田川:そのままデザイナーになっていたかもしれない。たしかに分かれ道だったかもしれないね。

岩田:あのとき真っ先に、お世話になっていた千葉さんに答えを求めたのが、ある種正解だったといいますか、変な言い方ですけど僕のセンスだったと思います。

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――大きな仕事がくるのだけがチャンスではなく、物事をひとつに絞ったり、あることを捨てたりする選択自体もチャンスなのですね。

岩田:あれはチャンスであり、大きなターニングポイントでしたね。自分でいうのもあれなんですけど、オレ、センスがあったのかな~って(笑)。
 さすがに50歳もすぎて、私も教える立場になってくると、若い人に「今チャンスがきているのに」と思って、もどかしくなることがあります。僕が降りていって、「ほら!」と背中を押してあげられるときもありますが、傍観せざるをえないことのほうが多くなってきて、どうしてそっちを選ぶのだろうと思うこともあります。

明田川:今の話を聞いて、岩田さん自身の話をぜひ聞きたいなと思ったんだけど、どうして青二に入ったの?

岩田:ハハハハハハ(笑)。

明田川:なんとなく僕は、いつか岩田さんは自分でプロダクションをつくるんじゃないかと思っていたんだけれど。

岩田:たしかに、いろんな人から「プロダクションをつくってみたら」と言われたことはあります。

明田川:そうでしょう。絶対そうだと思うよ(笑)。

岩田:さまざまなタイミングでさまざまな方々から、そのようなことを言っていただいたのですが、そんなときに僕が言ったのは、「すみません。僕は自分自身と自分の家族の人生の責任をもつだけで精いっぱいで、その他の人の人生に責任をもつ自身がないんです」と。僕は非常にウェットな人間なので、性格的に声優事務所の社長のポジションはもたないなと思いまして。社長は、ときに人の人生を左右する非情な決断も求められると思いますが、たぶんそれをやると僕のほうが先に壊れてしまうだろうと……(苦笑)。

明田川:岩田さんの言うことはよく分かります。そうして青二さんに移って、たぶん岩田さんの世界は今まで以上に広がっているんじゃないかと思うけど、そんなことはないですか。

岩田:その胎動を感じています。これまでといただいている仕事が変わってきていて、非常にありがたいなと思っています。

明田川:自分に合ったものを上手く事務所に生かしてもらえると、ワッと仕事が広がっていきますよね。「岩田さんはこうだ」ということを見てくれるマネージャーが、きっと今の青二さんにはそろっているんですよ。

岩田:僕は、もしかしたらいちばんいいタイミングで青二さんに移籍させていただいたんじゃないかと思っているんです。もう赤裸々に正直なところを言ってしまいますと僕は、例えばアクロスの先輩であった山寺宏一さんのように、いるだけで仕事がくるようなポジションではありませんから。

明田川:そうかなあ。

岩田:いや、ほんとにそうです。これは自分を卑下するわけでもなく、まだまだそんなにまわる人間ではないと自覚していまして(笑)。そんなことを考えたとき、私には事務所の力がとても大切だと、あらためて感じたんです。培ってきたものを生かしながら、もっともっとさまざまな仕事を貪欲にやりたいと思い、その気持ちをいちばん叶えられる事務所が、私にとっては今の青二さんだったのです。しかし青二さんはマンモス事務所! これから僕自身、自ら積極的に、ただ、慌てずゆっくり知ってもらいながら、長いスパンで仕事を広げていければと思っています。

明田川:岩田さんには、実写のナレーションが向いている気がします。普通に原稿を読むだけではない、岩田さんのキャラクターを生かしたものができると面白いんじゃないかな。

岩田:ありがとうございます! ぜひそんな仕事も今後やっていければと思いますし、明田川さんのお墨付きをいただけてうれしいです!……せっかくいい話をしていただけたのに、今ちょうどマネージャーが席を外している(※電話のため、ちょうど取材部屋をでていた)のが残念ですけど(笑)。

――このくだりは必ず記事に生かしますので、あとでマネージャーの方に読んでいただければと思います。今日は長時間のお話ありがとうございました。

協力:マジックカプセル、青二プロダクション
司会・構成:五所光太郎(アニメハック編集部)

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<賞品>
岩田光央さんサイン色紙、1名様
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2020年1月3日~2月2日23:59
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明田川 進

明田川進の「音物語」

[筆者紹介]
明田川 進(アケタガワ ススム)
マジックカプセル代表取締役社長、日本音声製作者連盟理事。日本のアニメ黎明期から音の現場に携わり続け、音響監督を手がけた作品は「リボンの騎士」「AKIRA」「銀河英雄伝説」「カスミン」など多数。

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