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特集・コラム 2019年7月8日(月)19:00

【藤津亮太の「新・主人公の条件」】第7回 「きみと、波にのれたら」向水ひな子

(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会

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きみと、波にのれたら」は2つの側面を持っている。ひとつは向水ひな子が喪失と再生を体験する物語。もうひとつはそのひな子が自分を発見する物語。この2つの物語のまじわるところに、ひな子という主人公は立っている。
 ひな子は大学生1年生。大学進学に合わせ、子供の頃に住んでいた海辺の町に戻ってきて、一人暮らしを始めたばかり。彼女がこの町に戻ることを選んだのは、好きなサーフィンができるからという理由もあった。
 そんなひな子の住むマンションが火災になる。サーフボードを抱え、屋上に逃げたひな子の前に現れたのが、消防士の雛罌粟(ひなげし)港だった。ふたりはほどなく恋に落ち、一緒にサーフィンを楽しむようになる。2人が楽しい時間を過ごすうちに、季節は冬へと移り変わっていく。だが楽しい恋人たちの時間は突然終わる。ひとりでサーフィンにでかけた港は、水難事故を目撃し、その救助を行う過程で命を落としてしまうのだ。
 突然の別れに、ショックで沈み込むひな子。そんなひな子に不思議な現象が起きる。港との思い出の歌をひな子がうたうと、水の中に港の姿が現れるのだ。それはまるでひな子の断ち切れない思いが、港をこの世につなぎとめているかのようだ。ひな子は、大きなスナメリのバルーンに水を入れ、その中に港を呼び出して一緒に出歩いたりもするが、それは同時に「港が生き返ったわけではない」ということを実感することにもつながってしまう。
 映画の後半は、そんなひな子がいかに、「喪の仕事」(喪失を受け入れていく心の動き)を行うのかをめぐって進んでいくが、本作はそこに、ひな子の自己発見の物語を組み合わせたのだ。
 ひな子は、ずっと港のことを「なんでもできる人」だと思っていた。消防士としても優秀。オムライスをはじめ料理も得意で、コーヒーも美味しく入れられる。それに対して、自分はなにものでもない。波に乗ることは得意でも、なかなか世間の波には乗れていない。そんなふうに自分をとらえていた。
 ところがひな子が港の実家に足を運んだことで転機が訪れる。ひな子が知った港の子供のころのエピソードは、港との関係を新たにとらえなおすことにつながった。ひな子は港からもらうばかりだと思っていたが、決してそうではなかったのだ。
 誰かが誰かに手を差し伸べること。そんな連鎖で世界は繋がっている。それを実感したことで、ひな子は自分の足で立とうとするようになる。その第一歩はひな子にとっては、ライフセイバーを目指すことだった。こうしてひな子は自分がなにをなすべきかを自力でつかみ、自分の力で徐々に傷を癒していく。
 そして映画のクライマックスが終わり、港が姿を消した後、また冬がやってくる。そこで、ふいに港を思い出させるような出来事があり、ひな子はようやく大きな声で泣く。それは、これまで泣けなかったひな子の、「喪の仕事」の締めくくりだ。そしてそれは同時に、新しいひなことして生きていくための産声でもあるのだ。

藤津 亮太

藤津亮太の「新・主人公の条件」

[筆者紹介]
藤津 亮太(フジツ リョウタ)
1968年生まれ。アニメ評論家。2000年よりWEB、雑誌、Blu-rayブックレットなどで執筆するほか、カルチャーセンターなどで講座も行っている。また月1回の配信「アニメの門チャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/animenomon)も行っている。主な著書に「チャンネルはいつもアニメ」(NTT出版)、「声優語」(一迅社)、「アニメ研究入門【応用編】」(共著、現代書館)などがある。東京工芸大学非常勤講師。

作品情報

きみと、波にのれたら

きみと、波にのれたら 7

大学入学を機に海辺の街へ越してきたひな子。サーフィンが大好きで、波の上では怖いものなしだが自分の未来については自信を持てずにいた。ある火事騒動をきっかけに、ひな子は消防士の港(みなと)と出会う。...

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