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特集・コラム 2019年8月12日(月)19:00

【藤津亮太の「新・主人公の条件」】第8回 「トイ・ストーリー4」ウッディ

(C)2019 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

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キャラクターについてアレコレ原稿を書いていると、しばしば「移行対象」について書くことになる。
 移行対象とは、乳幼児が特別の愛着を持つ毛布、タオル、ぬいぐるみなどを指す言葉で、これは子どもが親から離れて成長していく過程で、その不安に対する防衛反応だとされている。この概念は児童文学などではもうちょっと広く使われていて、登場人物が成長の過程で不安を乗り越えるために出会う、人間以外の存在を「移行対象」と解釈することが多い。たとえば映画「E.T.」におけるE.T.は、エリオット少年にとっての移行対象ということができる。そして登場人物の成長に合わせ、移行対象は物語の中から退場することになる。

1995年に始まった「トイ・ストーリー」は、1999年の「トイ・ストーリー2」以降は、ずっと「子どもが成長した後のおもちゃはどうなるの?」をテーマに描いてきた。そして前作「トイ・ストーリー3」ではついに、主人公であるカウボーイ人形のウッディと、その持ち主アンディの別れが描かれた。第1作のときはまだ子どもだったアンディも、もう大学入学する年齢。アンディとの愛情のこもった別れを経たウッディは、仲間たちとともに、これから幼稚園に入学する女の子ボニーのところにもらわれていったのだった。
 そこから始まる「トイ・ストーリー4」は、ウッディの“子離れ”を描く内容だった。ジュシュ・クーリー監督はこれを、エンプティ・ネスト――つまり子育てが終わった後の空虚な感情――をめぐる物語だと説明する。
 興味深いのは、「トイ・ストーリー4」の場合、エンプティ・ネストの物語を裏返して解釈することで、「移行対象」はどこに消えてしまうのか? という問いに応える物語になっている点だ。つまり普段はサブキャラクターとして登場する「移行対象」が、本作では主人公になっているのだ。
 いよいよ幼稚園に入園することになるボニー。だがボニーはひとりぼっちで新しい環境に入っていくことに不安を感じている。ウッディは「彼女についていなくてはいけない」と強引に主張し、それを実行するウッディは、ここで自ら進んでボニーの「移行対象」の役割を演じようとするのだ。そして実際、陰ながらボニーを支える。
 一方ボニーは、ウッディのサポートには気づくことはないまま、先割れスプーンで“人形”のフォーキーを作る。そして、それが彼女の移行対象となる。このフォーキーをめぐる冒険の中で、ウッディは自分が長らく果たしてきた「移行対象」という役割が終わっていくことを自覚していく。
 多くの物語の中で、移行対象はなんらかの形で姿を消してきた。では「消えてしまった」移行対象はどうなるのか。本作はそこに、移行対象には移行対象の“人生”があり、消えてしまったかに見えても、彼らは自分の人生を生きているのだ、と物語を締めくくる。

これは単に移行対象を独立したキャラクターとして描いたというだけではない。そもそも「トイ・ストーリー」をこれまで支えてきた、「人間がみていない場所でおもちゃたちが自由に動き回っている」という発想は、おもちゃが好きな子どもなら一度は考えることだろう。つまり、ウッディたちを自由に動き回らせているのは、おもちゃを愛おしいと思う子どもの愛情なのだ(ここでゴミでしかないフォーキーがなぜおもちゃとして命を得たのかを思い出してみよう。あれは結構、メタなメッセージを含んでいる設定なのだ)。
 つまりウッディがアンディやボニーから離れて自分自身の人生を歩んでいる、という物語を受け入れるということは、「アナタが子ども時代のあの愛情を忘れない限り、彼ら=移行対象はきっとどこかで生きている」というメッセージを受け取ることにほかならないのだ。そういう「移行対象」の物語の象徴としてウッディは、この映画の主人公を演じているのである。

藤津 亮太

藤津亮太の「新・主人公の条件」

[筆者紹介]
藤津 亮太(フジツ リョウタ)
1968年生まれ。アニメ評論家。2000年よりWEB、雑誌、Blu-rayブックレットなどで執筆するほか、カルチャーセンターなどで講座も行っている。また月1回の配信「アニメの門チャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/animenomon)も行っている。主な著書に「チャンネルはいつもアニメ」(NTT出版)、「声優語」(一迅社)、「アニメ研究入門【応用編】」(共著、現代書館)などがある。東京工芸大学非常勤講師。

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