2020年4月11日(土)19:00
【藤津亮太の「新・主人公の条件」】第16回 「ID:INVADED」鳴瓢秋人
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※編集部注:本作鑑賞後に読むことをお勧めします
鳴瓢秋人(なりひさご・あきひと)は過酷な経験の持ち主だ。
鳴瓢は「ミヅハノメ」の“パイロット”。連続殺人犯を追う組織「蔵」は、殺人現場に残った犯人の思念粒子から、犯人の無意識世界「イド」を構築。パイロットである鳴瓢はミヅハノメを使ってイドへと入り込み、そこで起きている殺人事件を解決することで、現実世界での犯人逮捕に貢献する。
無意識世界のイドの中では「自意識」が邪魔なようで、パイロットはそこに入り込んだ時、記憶も名前も忘れてしまう。鳴瓢は、イドの中では名探偵・酒井戸として事件を追うことになる。
ミヅハノメのパイロットになる条件は連続殺人犯の適性があること。鳴瓢はかつて刑事だったが、娘の椋を連続殺人犯に惨殺され、妻の綾子を自殺で失った。その後彼は、犯人を射殺したことで収監され、ミヅハノメのパイロットとなった。そしてイドを通じて5人の犯人を、自殺にまで追い込んでいる。
そんな鳴瓢が中盤、椋と綾子に“再会”する。酒井戸は、イドの中に出現したミヅハノメに乗り、「イドの中のイド」へと降りていった。そこは家族が鳴瓢のもとを去る前の現実世界そのものだった。サブタイトルに「INSIDE-OUTED」とある通り、イドの中のイドでは世界が裏返って“現実”になってしまうのだ。もちろん鳴瓢はその世界でそのまま暮らしてしまいそうになるが、その願いはかなわない。
「イドの中のイド」が消え去ろうとする前、彼は家族に電話をかける。その瞬間、鳴瓢の思いがあふれる。本作は主に「殺人を経た鳴瓢」か「名探偵の酒井戸」を軸に物語を進めてきた。「イドの中のイド」では「刑事としての鳴瓢」も描かれているが、この電話の瞬間はそのどれとも異なる鳴瓢が描かれている。この時鳴瓢は、父であり夫であり、それはつまり2人との幸福な出会いを得た(そして喪失した)ひとりの人間として語っている。「本当にくやしい」というシンプルな言葉に、誰もしらない“普通”だったころの鳴瓢の人間性がにじむ。
鳴瓢は、このように本作の中でかなわぬものに手を伸ばし続けているのだ。けれど手を伸ばせば伸ばすほど、それが絶対に手に入れることはできないものだということもつきつけられる。それは家族だけではない。イドの中でいつも被害者として現れるカエルちゃん。彼女をめぐる設定を巡っても同様だ。
でも、鳴瓢は手を伸ばさずにはいられない。鳴瓢とは、そうした「求め続ける」キャラクターなのだ。そこに救いはなく、鳴瓢自身も救いを求めて、手を伸ばし続けているわけでもない。そこに鳴瓢の特徴がある。
劇作家の木下順二は「求めれば求めるほど、願いが遠ざかっていく状況」を“劇的”というのだと記している。鳴瓢はその“劇的”のパラドックスをあえて引き受けるように生きつづけることによって、主人公たり得ているのだ。
藤津亮太の「新・主人公の条件」
[筆者紹介]
藤津 亮太(フジツ リョウタ) 1968年生まれ。アニメ評論家。2000年よりWEB、雑誌、Blu-rayブックレットなどで執筆するほか、カルチャーセンターなどで講座も行っている。また月1回の配信「アニメの門チャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/animenomon)も行っている。主な著書に「チャンネルはいつもアニメ」(NTT出版)、「声優語」(一迅社)、「アニメ研究入門【応用編】」(共著、現代書館)などがある。東京工芸大学非常勤講師。
作品情報
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殺意を感知するシステム「ミヅハノメ」を用いて、犯罪事件を捜査する組織、通称「蔵」。そして、「ミヅハノメ」のパイロットとして犯人の深層心理「殺意の世界(イド)」に入り、事件を推理する名探偵・酒井戸...
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