2020年5月4日(月)19:00
【藤津亮太の「新・主人公の条件」】第17回 「波よ聞いてくれ」鼓田ミナレ
(C) 沙村広明・講談社/藻岩山ラジオ編成局
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巻き込まれ型主人公という言葉がある。
ひょんなことから事件に巻き込まれていくタイプの主人公を指す言葉で、「北北西に進路を取れ」などのサスペンス映画によく見られるタイプだ。一部のロボットアニメに見られる“普通の少年”がパイロットにならざるを得なくなる展開も、そのバリエーションのひとつといえる。
「波よ聞いてくれ」の鼓田ミナレは、この巻き込まれ型主人公に相当する。
ある夜、泥酔したミナレは、バーで偶然出会った男に、自分の失恋について怒涛の勢いでまくし立ててしまう。その翌日、バイト先のスープカレー屋「VOYAGER」で、ラジオから自分の声が流れていることに気づくミナレ。実は昨晩知り合った男は、地元・札幌のFM局・MRS(藻岩山ラジオ局)のディレクター、麻藤兼嗣だったのだ。麻藤はミナレの怒涛の失恋トークをこっそり録音し、それをそのまま番組の1コーナーとして放送したのだ。店を飛び出してMRSに飛び込んだミナレは麻藤に食ってかかる。だが、逆に番組に飛び込み出演してアドリブでトークを披露することになってしまう。この日を境にミナレは、MRSと深く関わっていくことになる。
本作はこのように、麻藤にその喋りの才能を見いだされたミナレが、ラジオの世界に巻き込まれていく過程を描くことになる。素人がなりゆきのまま“実戦”に投入されるという展開は、まさにロボットアニメ的で、典型的巻き込まれ型主人公ということができる。
しかし、それにも関わらず、このミナレというキャラクターは、あまり巻き込まれ型主人公に見えない。麻藤の手のひらでこれだけ踊らされながらも、そう見えないのはどうしてだろうか。
麻藤はパーソナリティの茅代まどかにミナレの声の特徴をこう話す。
「音域が高く、人を安心させず、アジテーターじみた傲慢な響きがある。不思議だったのは、それでいて俺には不快でなかったことだ」
茅代まどかのような人を安心させる声ではなく、上から挑発し扇動するようなミナレの声。麻藤の指摘は単に声の問題ではなく、ミナレのキャラクター性とも深く結びついている。物語の中では巻き込まれ型のはずのミナレだが、そのキャラクター性は「巻き込まれる」というような受動的なものとは正反対なのだ。
実際、ミナレはカレー店の同僚である中原忠也やMRSのADである南波瑞穂を、巻き込もうとも思わず巻き込んで振り回す。例えば自分に気がある中原と話し込んだ後、ミナレは、勝手に決別宣言をしてひとりで走り去っていく。ひとり残された中原は「かっこよく自分に都合にいい事だけ言い放って帰っていった……」とミナレを見送る。このマイペースな振る舞いこそミナレらしい。
巻き込まれ型主人公なのに、何も考えずに人を巻き込んでしまう。この奇妙な立ち位置がミナレという主人公なのだ。
藤津亮太の「新・主人公の条件」
[筆者紹介]
藤津 亮太(フジツ リョウタ) 1968年生まれ。アニメ評論家。2000年よりWEB、雑誌、Blu-rayブックレットなどで執筆するほか、カルチャーセンターなどで講座も行っている。また月1回の配信「アニメの門チャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/animenomon)も行っている。主な著書に「チャンネルはいつもアニメ」(NTT出版)、「声優語」(一迅社)、「アニメ研究入門【応用編】」(共著、現代書館)などがある。東京工芸大学非常勤講師。
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