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特集・コラム 2020年7月5日(日)19:00

【藤津亮太の「新・主人公の条件」】第18回 「かくしごと」後藤可久士

(C) 久米田康治・講談社/かくしごと製作委員会

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スーパーマンとデイリープラネット社のクラーク・ケント。2人は同一人物だが、それは誰にも知られてはいけない秘密だ。それと同じように、本当の職業を知られてはいけない主人公が「かくしごと」の後藤可久士だ。
 後藤可久士の職業は漫画家だ。シモネタ成分多めの、小学生男子に受けそうな漫画を「週刊少年マンガジン」(豪談社)で連載している。この可久士には、10歳の娘・姫がいる。妻はおらず可久士は姫と2人暮らしだ。そして姫を溺愛する可久士は、自分が(シモネタの多い)漫画家であることを隠している。「描く仕事」と「隠しごと」がかけられたのが本作のタイトルというわけだ。
 可久士は、姫の前では普通の会社員を装っている。出版社のパーティーをめぐる「師走は君の嘘」(本作のサブタイトルは本歌取りが多い)などは、可久士の秘密が姫にバレそうになるというドタバタでエピソードを盛り上げている。ちなみに、子どもがいるフリーランスの人で、幼い子どもを相手に会社員のフリをしたことがある人は結構多いと思う。可久士のように仕事を秘密にしておきたいとは思わないまでも、「会社員」と名乗ってしまえば、子どもにとってわかりやすい(=面倒くさくない)ので結構便利なのである。だから可久士のそんな振る舞いは、漫画っぽい設定に見えて、微妙に自由業あるある的なリアリティも含んでいるのである。
 本作は、姫が10歳のころの、可久士が漫画としてバリバリ仕事をしていた時期を中心にエピソードが重ねられていく。ただし時折、そこに高校生になった姫の姿がインサートされていく。どうやら高校生になった姫は、可久士が秘密にしていた鎌倉の家の鍵を手にしたようである。そして今、可久士は姫の側にはいないようである。一体何が起こったのか……。
 最終回「ひめごと」では本作は、そうした前フリを一気に回収して、見事なラストシーンを迎えた。ネタバレになるのであまり詳細には語れないが、ここでさらにいくつかの「かくしごと」も明かされる。この最終回を見ると、時間がどんどん経ち、子どもがどんどん成長していく中で「子どもと一緒に過ごした」と呼べるような時間は決して長いものではないということを実感させられる。そして可久士の「かくしごと」の時間は、そのわずかな「姫と一緒に過ごした」と呼べる時間の記憶と表裏一体で結びついているのだ。
 スーパーマンとクラーク・ケント。どちらが“本来の姿”かといえば、クリプトン星人であるカル=エル本来の姿は、スーパーマンのほうのはずだ。でも彼は地球人の実直な農家の夫婦に育てられ、そこで地球人として大切な倫理を覚えた。そういう意味ではクラーク・ケントこそがスーパーマンの心の核にあるともいえる。
 可久士は漫画家であるという本当の姿を隠しているつもりではあったが、可久士は漫画家である以前に、姫のかけがえのない父親なのだ。そういう意味では可久士は、仕事のときだけ漫画家の仮面をかぶっていただけで、姫の前で本当の自分に戻っていた、とも考えられる。このちょっと複雑な二重性が後藤可久士という主人公のおもしろさなのだ。

藤津 亮太

藤津亮太の「新・主人公の条件」

[筆者紹介]
藤津 亮太(フジツ リョウタ)
1968年生まれ。アニメ評論家。2000年よりWEB、雑誌、Blu-rayブックレットなどで執筆するほか、カルチャーセンターなどで講座も行っている。また月1回の配信「アニメの門チャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/animenomon)も行っている。主な著書に「チャンネルはいつもアニメ」(NTT出版)、「声優語」(一迅社)、「アニメ研究入門【応用編】」(共著、現代書館)などがある。東京工芸大学非常勤講師。

作品情報

かくしごと

かくしごと 96

ちょっと下品な漫画を描いてる漫画家の後藤可久士。一人娘の小学 4 年生の姫。可久士は、何においても、愛娘・姫が最優先。親バカ・可久士が娘・姫に知られたくないこと。それは......。自分の仕事が...

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