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特集・コラム 2018年12月30日(日)20:30

【氷川教授の「アニメに歴史あり」】第11回 純黒の闇表現

(C) 菊地秀行/ジャパンホームビデオ/徳間書店/ビデオアート

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1月9日に発売される「妖獣都市 Blu-ray BOX」(東映)では、解説書の総論を執筆している。菊地秀行の伝奇小説を川尻善昭監督が緩急自在、ハイコントラストかつスタイリッシュなアクション感覚で映像化した1987年のOVAだ(一部劇場でも公開)。大人向けのエロス&バイオレンスを濃厚に描いた点で画期的な作品となった。魔物との激闘を実写映画以上のリアリティでとらえ、古くからある「伝奇」の文化を今日の都市空間へ投影し、真っ正面から描きぬいた点で、後世への影響も大きい作品である。
 川尻監督は、それまで「アニメ絵」か「劇画タッチ」ぐらいしかなかった時期――非常に成熟した印象のアクション描写や、モノトーン、ハイコントラストの処理を多用して、都市の暗部で繰り広げられる「闇ガード」と魔界の者たちの死闘を活写した。北米や香港でも大ヒットとなり、多くの映像作家や俳優に影響をあたえた事実も、切れ味鋭い映像を見てみれば納得できるであろう。
 続いて2月6日には、同じ原作者・監督コンビによる「魔界都市<新宿>Blu-ray BOX」もリリースされる。その解説書にも書いたとおり、こちらはジュブナイル小説が原作なので、エロス表現などは若干抑制されている。ただし、切れ味鋭い映像センスは共通。やがて国際的には「攻殻機動隊」シリーズと同等かそれ以上の高評価で受け入れられた伝奇時代劇アクション「獣兵衛忍風帖」(93/英題「NINJA SCROLL」)まで続く、川尻アニメの美麗なる映像世界は、この2作で確立し、観客層を獲得したのである。
 さて今回は4Kリマスターによる製品化である。諸事情でなかなかリマスターされていなかったが、遅れた分「4K」という永続性のあるデジタル原版が製作されたことは非常に喜ばしいことだ。
 そして、その作業用サンプルで気がついたことがある。リマスターによって素材感がより明瞭となった結果、「セル画上の黒」と「背景画(紙)の黒」が違って見えたのだった。紙のほうは黒レベルが若干だが浮いて見える。PC再生ゆえの特性もあるし、製品ではなじむよう調整されるはずだ。最終的にはモニタ上でのガンマ値次第だと思うが、それで思い出したのが、「アニメにおける黒ベタ表現の難しさ」であった。
 「妖獣都市」では、キャラクターにブラック(BLカゲ)を必ずと言っていいほど入れ、背景にも暗部を大面積で置くなどのコントロールによって、全体的に「ハイコントラスト」な画づくりをしている。それは「闇の世界との闘い」を前提とした表現であるが、御法度とされてきた純粋な黒を多用した点でも画期的な作品だったのだ。
 もともとセルも背景も「黒の表現」は非常に難しいとされてきた。アニメーション撮影台の上ではガラスに素材をはさんでライトを当てるわけだが、このとき「黒とガラス」の組み合わせが「鏡の効果」となって反射しやすくなる。さらにホコリやセル傷が黒の上では見えやすくなるし、ネガ傷がつくと「白」にプリントされて目立ってしまう。だから70年代、宇宙を舞台とするアニメの多くは「宇宙空」という言葉を使って「青」にしていたし、ガス状の色味を置いたりして反射を抑止していた。「宇宙戦艦ヤマト」(74)はリアリティを求めて黒ベースに濃いブルーの宇宙を採用することで差別化を図ったが、その分、盛大にゴミもよく見えるので、この話が裏づけられる。
 その辺が変わってきたのが、1979年の「劇場版 銀河鉄道999」(りんたろう監督)の時期からだった。原作者の松本零士は「黒ベタ」を多用することで知られる漫画家で、特に「黒ベタの中にメーターがズラリと並ぶ」という背景の描画手法はアメリカのSF映画「ブラックホール」(79)に「松本メーター」として影響をあたえたほどだった。劇場空間は客電を落とした「闇の世界」である。りんたろう監督はその闇の中でこそ、この黒ベタ感覚が効果的だと考えたのか、随所に適用したのだった。
 「光あれば闇がある」という神話的な言い方がアニメ作品にも多いが、考えてみれば逆である。宇宙空間も劇場空間もデフォルトは「闇」のほうだ。そこにわずかな光が射し込むから、人間は動物的本能で光を求めるのである。そして光の当たらない「闇」の部分は、「何があるのかないのか」と脳内で想像を膨らませる部分である。ホラー映画で多い「闇の中で何かがうごめく……怪物かもしれない」という表現は、人間の妄想する力がエネルギーとなって成立するものなのだ。
 そう言えばデジタル制作時代が始まった当時、「デジタルならば純粋な黒が描ける」という理由で企画されたのが、サンライズ制作によるオムニバス短編「闇夜の時代劇」であった。その一方で、「DVDは黒に潰れやすく、映画のホラー表現が成立しづらい」とも聞いた。純粋な黒が描ける一方で、闇の中にある微妙な明暗の差違を表現するためのビット深度が足りず、黒に転びやすくなったのだ。2Kから4Kとなっていく時に併用される「HDR(ハイダイナミックレンジ)」も、こうした明暗差、階調をもっと繊細に表現する機能である。
 そして筆者が愛好する有機EL(OLED)のモニタも、「純粋な黒」が表現できることを特徴としている。シャッター式の液晶だとどうしても光が漏れるために表現しづらいのである。「黒」の表現と、その周辺のデリケートな「暗部の階調」がいかに大事か、お分かりいただけるだろう。
 やはり「無」を表現する「黒」は重要なのである。死を見つめるからこそ生が活きるように、「ゼロの色=黒」があるからこそ、あらゆる色にも意味が生じる。川尻善昭監督作品を支える美学のひとつ「黒の表現」を出発点に、そんなことを連想してみた。

氷川 竜介

氷川竜介の「アニメに歴史あり」

[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ)
1958年生まれ。アニメ・特撮研究家。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。

作品情報

妖獣都市

妖獣都市 0

人間界と魔界の数百年に渡る凄絶な戦いは新しい局面を見せ、休戦協定の時を迎えようとしていた。要人の警護にあたった闇ガードの滝連三郎は、魔界の女・麻紀絵と共に、次々と襲い掛かる殺し屋たちと激しい戦い...

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