2025年3月10日(月)19:00
【氷川竜介の「アニメに歴史あり」】第56回 半世紀を超えるヤマトの旅路、その原点

(C) 東北新社/著作総監修 西﨑彰司
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3月15日から「庵野秀明 企画・プロデュース/放送50周年記念 宇宙戦艦ヤマト 全記録展」が西武渋谷店で開催される(3月31日まで)。対象となる「宇宙戦艦ヤマト」は日本アニメ史を大きく変えた記念碑的なテレビアニメだ(1974年10月6日から75年3月30日まで全26話で放送)。77年に再編集の劇場版として公開された時に大ヒット。子ども向けの「テレビまんが」がティーン層以上をターゲットとする「アニメ」へと脱皮するきっかけを生み、現在に至るアニメ文化の原点となった。
今回の展示会は、現存している「企画書」「設定資料」「絵コンテ」「原画」「美術ボード」などなど「生資料」を中心にした点に大きな特徴がある。作業用コピーや印刷物ではなく「鉛筆」や「絵の具」のまま、中間制作物を目視できる機会は画期的ではないだろうか。
構成は認定NPO法人アニメ特撮アーカイブ機構ATACが中心となって進め、原画、セル画類は、筆者ともども長年にわたり個人蔵していたファンたちから提供されたものを多く使っている。製作側とファンが一体となってブームを盛りあげた作品にふさわしい総合力が実現したものなのだ。
筆者の資料類はすでにATACに寄贈済みである。そして文化庁と進めているマンガ・アニメ・特撮・ゲームなどメディア芸術作品の中間生成物の保全、収蔵、利活用の検討と、次世代への継承、文化芸術の振興にもつながっている。
1974年11月、当時高校2年生の筆者は「宇宙戦艦ヤマト」を制作中だった練馬区桜台のオフィスアカデミースタジオを見学として訪問し、大きな衝撃を受けた。ことに初めて目撃した「設定書」は、アニメの見方を一変させるほど大きかった。まだアニメ雑誌も創刊されていない時期、「絵柄を統一するための設計図」が存在すること自体、実物を見るまでよく理解していなかったのである。
「テレビまんが時代」に生まれた「宇宙戦艦ヤマト」は何かと規格外だった。同時代的には異常、異端であると言っていい。そしてスタジオで資料と合わせて他の地道だが細密な工程を見た上で、スタッフと会話して話を聞くうちに、「すごいと思った作品にはすごくなる理由がある」ということを思い知った。その知的好奇心が以後、半世紀にわたる自分の活動にエネルギーをあたえ続けている。
映像の評価をスルーして、資料を優先して語っているのではない。「根拠」の存在それ自体に衝撃を受けたのだ。そして映像に練りこまれる情報、その構築方法、プロセス的なものが「すごくなる理由」だとすれば、これはエンジニアリング的に解析可能なことだとも思った。しかも後々メーカーに就職してIT機器の開発に従事し、価値創出をするようになったとき、「その解析方法を知れば別の工業的な仕事にも活かせる」と確信し、18年弱のエンジニア生活にも一定の成果を得ることができた。
では「宇宙戦艦ヤマト」の価値とは、何だったのか。自分の場合、それは映像から放たれている「目が離せなくなる吸引力」である。そして「行動する人びとたちの存在感を信じられるようになる圧」が「ヤマト世界」の中からストーリーの進展と同期して高まってくる連動性だ。だからこそ、ドラマにも大きな価値が宿ったのだ。ドラマ単体で起きる現象であれば、小説やマンガでも発生するはずだから、それは「莫大な時間と手間をかけてアニメにする理由」でもある。
その方法論は、総合芸術であるがゆえに多岐にわたる。そのひとつが「設定という根拠に基づいた描写」ということだ(他にも多々あるが今回は略)。「ヤマト」以前にあったメイキング記事を読んだことがあるが、子ども向けのせいか「なんとなく分業で作画している」としか見えていなかった。しっかりとした根拠と指示に基づき「意味や圧を練りこんでいる」という単純なことさえ分かっていなかったし、この点は2025年現在でも共有されているか疑わしくなることが多い。
今回注目してほしいのは、「ヤマト」のメカ関係の設定の異常な質と密度感である。多くは監督・設定・デザインを兼務した松本零士と、デザイン会社スタジオぬえ(宮武一貴、加藤直之、松崎健一)の共同作業によって描かれている。ともに漫画、イラストを描いているクリエイターの手による設定画稿だから、たとえ線画であっても美麗な一枚絵として鑑賞可能である。
先の「根拠」の観点で見てほしいのは、デザインに込められた「構造」の複雑性である。アニメの要諦は「誇張と省略」なのだが、その真逆になっている。ヤマト本体ならば、船体が描くカーブの曲率がどこで変化しているか、そこに美が宿っていて、「ふくらみ」「くびれ」が美しく描かれ、なるほど英語圏では「船」が女性代名詞で語られるわけだと納得する。ところがこれは共同作業に不向きなデリケートさでもあった。
設定の本来の役割には「統一」がある。「どんなアニメーターの手で描かれても全体で同じものと認識できるよう形状を伝える」というミッションがある。「テレビまんが時代」のメカデザインが直方体や円筒、球などの組み合わせが多いのは、形が簡単に取れて統一が取れるためだ。
そもそもヤマト本体は、やたらと線が多い。これはアニメーション作画にとって鬼門であり、仕事を依頼したアニメーターが逃げ出したという伝説があるほどだ。たとえば遠方からヤマトが迫ってカメラ手前を横切り、また画面奥に行く、毎週のように使われたBANKカットでは、250枚程度の動画を使っている。それゆえ設定で描かれた1本の線が、250倍に増えている計算になる。
ただし線が多いのには正当な理由があり、その理由もまた画面に「圧」をもたらしていることに注意が必要だ。波動砲を見ると、漏斗状に形成された砲口の内部に凹凸の溝が刻まれ、口径自体も奥に行くにしたがって細くなっている。この溝は現実世界の銃や砲の弾丸が射出されるとき、弾道の直進性を高めるために彫り込まれる「ライフリング」を連想させるデザインであり、そのために線が多くなっている。タキオン粒子を射出する波動砲にそんな溝は不要かもしれないが、「らしさ」を高めるためのデザインなのだ。
戦艦大和を模した艦上構造物も、複雑きわまりない。主砲、副砲が並び、ブリッジ、アンテナ、両舷にビッシリ並んだ機銃、煙突、カタパルトに加えて安定翼まで備え、しかもスリットが随所にあいている。これらすべてに戦闘的な役割が備わっていて、立体的な位置関係があるから、省略できない。ヤマトが「回頭」をする場合、パーツすべての位置関係の変化を計算しつつ、動く絵に1枚ずつ展開する必要がある。難易度が高い作業だが、これが成功すればオープニングの第一艦橋から作画で後退して主砲をすり抜け全体像が現れるカットのように、立体的な構造の遷移がヤマトの存在感を信じられるものに増すことになる。
ヤマト艦内関係も、第一艦橋を筆頭にディテールでディテールを埋めるような設定ばかりである。ではメーターやレバー類はデコレーション(飾り)として配置されているかと言えば、そんなことはない。設定段階で理詰めで考えられた先進的な発想が随所に込められている。役割や操作なども細やかに指定され、絵コンテ、演出はそれを読み解いてキャラクターに芝居をさせている。つまり総じて「機能美」が追及されている。
その機能美を引き出すものは、あくまでも人間だとしている哲学も「ヤマト」の魅力であり、それを引き立てるために設定も尽力している。未熟な若者たちが力を合わせ、逆境を乗り切るときのインタフェースとして、機能美を宿した艦内設備が陰ながらドラマを支え、機能していたという事実が、展示会に並んだオリジナル原版の数々から伝わってくるはずである。そうした、筆者が16歳のときの衝撃に連なる発見を楽しんでいただければ、何よりの喜びである。
今回もうひとつの目玉は、アニメーションの原画類である。1975年3月、筆者は春休みを利用して制作を終えつつある各スタジオを回り、古紙回収へ出される寸前の原画の数々をレスキューした。続いてメインの桜台スタジオが解散するときも、設定制作の方にお願いして不要となった中間制作物の数々集めていただいた。すべては「これが消えてしまうのは国家的損失だ、いつかは美術館に入るべき価値がある」という確信に基づく行為であって、コレクションとは少し異なる。半世紀経過し、ようやくその想いが実証できる段階に入った点で感慨深い。
修正前の原画には独特の気迫がこもっている。次の工程である動画ではきれいな線で清書されるのだが、その指示も兼ねて、動きが読めるような強弱がついた線で描かれたりしている。どのような筆圧と筆運びで描かれたものなのか、原画マンの気持ちを伝えてくれる多くの情報が、原画にはこめられている。
放送後は集めた資料を、セル、原画、設定、絵コンテと付けあわせ、整理していった。セル画は劣化するため、カット袋から出してシートを読んで組み、フレームを切って静止画として写真にも撮ったが、これは演出助手の作業に近いものだと後々分かる。さらに放送後も石黒昇チーフディレクターを追いかけ、取材確認して「すごくなる理由」を自分の頭で考えて解析していった。アニメ雑誌類が皆無の時代ゆえ、自分で考え行動したことが、筆者のアニメ研究の原点ともなっている。
筆者にとってこれは「奇跡の展示」ある。私情を交えた点は恐縮だが、なぜそれが「奇跡」なのか、生画稿の前に1対1で立ったとき、どんなことに想いを巡らせてほしいか、そのごく一部を述べてみた。この半世紀、雑誌やネットなどで得た雑多な情報を一度リセットし、空っぽな気持ちで肉筆画の発する「圧」を受けとってみてはいただけないだろうか?
50周年を迎えたせっかくの機会である。あらためて「あれは何だったのか」を、半世紀前の心に戻って追体験する絶好のチャンスなのだ。そうすれば後ろを振り向く回顧にとどまらず、「どんな未来を見いだすのか」と前向きな視線が、自ずと生まれてくるに違いない。そこからまた何か新しいことが始まることに期待している(敬称略)。
× × ×
【付記】筆者の単行本「空想映像文化論 怪獣ブームから『宇宙戦艦ヤマト』へ」(KADOKAWA)が3月12日に発売されます。カバーは安彦良和さんの「宇宙戦艦ヤマト」、帯の推薦文は庵野秀明さんです。とても感謝しております。「ヤマト」に至る「テレビまんが時代」とは何だったのか、アニメだけではなく怪獣もの(特撮)なども含めた状況を「空想映像文化」として概観し、その総合性から新しい文化の側面を見いだそうという試みです。よろしくお願いします。

氷川竜介の「アニメに歴史あり」
[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ) 1958年生まれ。アニメ・特撮研究家。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。
イベント情報・チケット情報
- 庵野秀明 企画・プロデュース/放送50周年記念「宇宙戦艦ヤマト 全記録展」
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- 開催日
- 2025年3月15日(土)
- 時間
- 10:00開始
- 場所
- 西武渋谷店(東京都)

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