2025年6月26日(木)19:00
【氷川竜介の「アニメに歴史あり」】第58回 「LUPIN THE IIIRD シリーズ」の総決算「不死身の血族」

原作:モンキー・パンチ (C)TMS
イメージを拡大
劇場映画「LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族」が6月27日から公開される。宣伝上、「約30年ぶりの2D劇場アニメーション」とされているので、なんだか久しぶりの映像化のように見えるかもしれない。だが、この30年間も「ルパン三世」はテレビスペシャル、テレビシリーズ、実写映画、3DCGアニメ映画、果ては歌舞伎など数多くのアダプテーションによって現役であり続けた。それはモンキー・パンチが原作漫画で確立したキャラクターたちとその関係に普遍性と強度が備わっているからだ。
とは言え、今回の「不死身の血族」がいつもとひと味違うのも、確かなことだ。小池健監督が2014年からスタートさせたシリーズの完結編であるため、これまで散りばめられていた伏線や疑問への回答含めた諸要素が結集し、「こう来たか!」という満足感が素晴らしい。と言っても「LUPIN THE IIIRDシリーズ」の過去作を知らなくても、大丈夫だ。概要は作中で示されているので、単体の娯楽作品として存分に楽しめるはずだ。
この映画には、美麗で濃厚なビジュアル、ハードなバイオレンス(PG12指定)、ピンチピンチまたピンチのスリルとサスペンスに加え、「不死身」という生命を照射する題材が横溢している。それら諸要素を媒介にしてかつて横溢していた「大人のアクションエンターテインメント」という志向性が全開となっていて、そこに強く惹かれる。日本アニメが「子ども向けだけではないアニメ映画の可能性」を追い求めてきた歴史の中でも、エロ方向とは異なる「アダルト志向」の決算とも言える。
物語はシンプルだ。主な舞台はバミューダ海域に存在する「地図にない島」に限定され、世紀の怪盗ルパン三世、相棒のガンマン次元大介、孤高の剣客・石川五ェ門、謎の女・峰不二子らがそこへ向かう。インターポールの協力で銭形警部もそれを追うため、いつもの5人の活躍が展開するのかなと油断させておき、すぐにトーンが一転してまるで予想とは異なる、なのに「いかにもルパンらしい展開」の猛ラッシュが始まる。
シリーズが長期化すると、キャラクター、ストーリー運びにさまざまな「お約束」が生じる。「ふーじこちゃーん」などルパン三世のコミカル演技が、その代表だ。さらに変化球だったはずの宮﨑駿監督による「ルパン三世 カリオストロの城」(1979)が傑作だったため、後続の多くが影響を受けるという問題も生じてしまった。「ルパンは義賊で人は殺さない」「追っていた宝物は別もので最後には何も手には入らない」などなどは、「コワモテに見えて優しいルパン像」はモンキー・パンチの原作漫画とズレがある。しかし、「ルパンは変装の名人」という特性ゆえ、どんなアレンジも受けつけてきたということなのだろう。
今回の映画「不死身の血族」は、このギャップを調整すべく最初からスピード感全開で「ハードなバイオレンス」を次々と提示する。ルパンたちも、コミカルでお調子ものの言動をする余裕もなく、圧倒的に不利な状況で真剣勝負へと追いこまれていく。
と言っても単に粗暴さが連打されるわけではなく、映像はあくまで小池健監督一流の美意識に染められたエレガントなものだ。プロフェッショナル同士の命を賭けた腕比べが次々と繰り広げられ、背後には哲学や死生観も織りこまれつつ、ルパンサイドは物理的にも精神的にも追いつめられていく。ガンアクションに剣戟などおなじみの武器を駆使し、地形の高低差や距離感を応用し、あらゆる手段で時間と空間を自在にあやつり、死地に追いこんでいく敵側の手際、それが高めていく信じられないようなテンションは、アニメーション表現だけが可能とするものであり、CGやVFXを多用する実写映画を圧倒するリアリティを備えている。
それらさえも前座に過ぎないというのが、次なる驚きだ。エンターテインメントは「真の敵、その強さをどう伝えるか」で成否が決まる。不老不死の支配者ムオムの圧倒的な強敵ぶり、そしてそれを演じる片岡愛之助(新作歌舞伎「流白浪燦星」のルパン三世役)の存在感は、ぜひとも音響設備の良い劇場で確かめてほしい。
さて、筆者は14年から「LUPIN THE IIIRDシリーズ」でBlu-ray解説書などに関わってきた経験があるため(3作目まで)、小池健監督作品による当シリーズの成り立ちについてすこし補足しておこう。
自分自身も当初誤解していたが、放送開始40周年記念で制作された山本沙代監督のテレビシリーズ「LUPIN the Third -峰不二子という女-」(12)と内容的な繋がりはない。その証拠に小池健監督作品は「LUPIN THE IIIRD」がすべて大文字となっている。ただし、方向性を決めるプロデューサーは同じ浄園祐であり、共通する要素も多々存在している。「峰不二子という女」が小池健のキャラクターデザインで、時代設定を原作初出年に近い1970年前後としている点や、原作の掲載誌が青年誌であったことを意識し、作風もアダルト方向に振ってエロス&バイオレンスを前面に押し出した点などである。
深夜アニメとして放送された「峰不二子という女」は、第16回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞を受賞(審査委員主査は筆者)するなどの成功を得た。さらに仕切り直しをして、小池健を監督として「ひとりずつキャラクターをピックアップした全5作のオムニバス」にしたのが「LUPIN THE IIIRDシリーズ」なのだ。
4作目まではOVA(一部イベント上映と配信)である。それぞれテレビ尺2話前後編で、オープニングが2回出てくる異色のフォーマットだった。ピックアップされるレギュラーキャラに対応した強敵が登場することも特徴だ。
14年の「LUPIN THE IIIRD 次元大介の墓標」では、東ドロア国の女王暗殺を企むガンマン・ヤエル奥崎、17年の「LUPIN THE IIIRD 血煙の石川五ェ門」では「バミューダの亡霊」と異名をとる斧使いのホーク、19年の「LUPIN THE IIIRD 峰不二子の嘘」では催眠状態で敵を操るビンカムと、印象的な強敵が出現してきた。25年6月20日からPrime Videoで配信開始された「LUPIN THE IIIRD 銭形と2人のルパン」でも「偽ルパン」とされる人物が爆弾テロを行うのだが……。これらも今回の新作に関わりがある。
こうしてルパン以外の4名をピックアップし、いよいよ本命のルパン三世にフォーカスしたのが「不死身の血族」である。その他、これでもかと散りばめられた諸要素がギュッと収斂するカタルシスは、本作の大きな魅力だ。
映画を先に観てから「どういうことだったの?」と過去作を追ってもいいし、予習してから映画館に出向いてもいい。配信時代になって得られたその自由さも含め、特別な作品なのだから。最初のアニメ化から54年間、そのうち11年にわたって続いてきた「LUPIN THE IIIRDシリーズ」の終幕。「不死身の血族」は、こうした理由でアニメ史上希有なポジションの劇場映画と言えるのである(敬称略)。

氷川竜介の「アニメに歴史あり」
[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ) 1958年生まれ。アニメ・特撮研究家。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。
特集コラム・注目情報
関連記事
イベント情報・チケット情報
- 2024年5月18日(土)
- 2019年11月9日(土)
- 2019年9月28日(土)