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特集・コラム 2023年5月21日(日)17:00

【前Qの「いいアニメを見にいこう」】第48回 「機動戦士ガンダム 水星の魔女」“下手(しもて)の男”グエル

(C) 創通・サンライズ

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Season2に突入しても、「機動戦士ガンダム 水星の魔女」は相変わらずおもしろい。
 特に先日放送された、スレッタとグエルの3度目の決闘を描いた17話はよかった。1話でスレッタとミオリネを急接近させる「噛ませ犬」的なポジションで登場し、以降、本作のMS戦ではひたすら酷い目に遭い続けてきたグエル。そんな彼が、辛く苦しい放浪のときを経てアスティカシア高等専門学園に帰還し、ついに勝利を飾る。それもただの勝ち方ではなく、以前は幼いプライドゆえに拒否した卑怯な手段を、目的のためにあえて受け入れるという、精神的な成長によるほろ苦い勝利だ。少年が大人へと変わる過程の、鮮やかな成長物語を見届けた思いがした。

この17話とその前話、幾多の厳しい体験を積み重ねたグエルの学園への帰還からの一連のシーンを描いた16話は、ふたつあわせて1話・3話の変奏だと感じた。
 奇妙な形で安定した学園という場に、外部からやってくる者がいる。1話ではスレッタ、16話ではグエル。共同体にあらわれた乱入者が、秩序を乱し、再編する。破壊と再生の儀式的展開。
 ミオリネがトマトなどの植物を育てる温室は、学園の境界だ。そこでは思わぬ形で人が交わり、物語は動く。1話ではグエルがミオリネに対し凶行に及び、そこにスレッタが仲裁のために乱入することで、想定外の決闘へとなだれ込み、人間関係が急速にドライブする。17話では同じ温室でスレッタとグエルが対話し、ふたりのやりとりを受けて、ミオリネはグエルとの共闘へと踏み出す意志を固める。

17話の決闘は、3話の反転だ。
 3話のグエルはまだ自信に満ちている。1話でスレッタに敗北を喫したものの、それは事故のようなもの。しかしながら、父親のヴィムはグエルのことを信用していない。であるがゆえにオート操作の機構を用いて、グエルを勝たせようとする。父親から信頼されていないことに対する不満と苛立ちによって、グエルは用意された必勝の策に乗ることができない。その隙をミオリネに突かれ、敗北してしまう。
 17話はどうか。戦場において、父親を不慮の事故のような形で、自らの手で殺めてしまったトラウマで固まったグエルのトリガーにかけた指を動かすのは、ジェターク社の仲間たちの、彼に向ける信頼の声だ。そして彼は今度こそ、ミオリネによって準備された工作を受け入れて勝利する。
 重要なのはグエルも、ミオリネも、おそらくはスレッタへの愛情ゆえに、手を汚す覚悟をした点だろう。ふたりはスレッタを守るために、スレッタをあえて傷つけ、自分たちが決行しようとしている物事から遠ざけようとしているのではないか。
 今回の本題ではないが、ここでのミオリネの姿が、かつてミオリネがあれだけ嫌っていた父のデリング――愛する娘を守るためにこそ、本人の意にそぐわない行動を強いていた、ややパターナリスティックな愛情の持ち主――と重なるのは皮肉だ。

構図の転倒という意味では、3話の決闘中にMS戦の合間にインサートされる別視点のシーンに登場するのはグエルの父、17話でインサートされるのはスレッタの「お母さん」であるプロスペラという対比も興味深い。考えてみれば「ダブスタクソ親父」ことデリングは、12話で負った傷が元で、現状は物語の表舞台から退場している。まるで父の支配――家父長制的な権力構造が後退し、空隙に今度は、母なるものの「呪い」がせり出してきているかのようだ。

さて、「機動戦士ガンダム 水星の魔女」は映像作品である。ここまでの話は、シナリオだけ読んでもできるような話だろう。少し映像の原則的な観点からの指摘もくわえてみたい。
 グエルは今作のMSでの決闘シーンにおいて、ほぼ一貫して下手(しもて)の男である。画面の左手から右手に向かって動く。ちなみにスレッタは逆に、ほとんど上手(かみて)のキャラクターである。右手から左手に向かって動く。

「フレームの右から入ってきた人物が強い人物で、左から出てきた人物は弱い人。けれど、左から入ってきた人物は、いつかはガンバル人かもしれない。
 正義の味方は左から入ってきて、右からきた悪漢をやっつけて、勝ったときに左に向いて右手に立ち、本当に強い人になる」(「映像の原則 改訂版」富野由悠季、キネマ旬報社、P51より引用)

「ガンダム」の分析に富野の著作を持ち出すのはいささか安易で気恥ずかしいが、ともあれ、「左から出てきた人物は弱い人。けれど、左から入ってきた人物は、いつかはガンバル人かもしれない」とは、まさにグエルのことを指しているかのようだ。
 ちなみに3話において、スレッタがグエルに勝つ瞬間のみ、ワイヤーによる移動でグエルとスレッタの位置関係が逆転し、スレッタが左から右に移動する形でグエルの機体の角を折り、勝利する。スレッタの乗る機体――ガンダム・エアリアルの、次第に明らかになりつつある設定を鑑みるに、実はスレッタは今のところ、あの瞬間だけ、「正義の味方」だったのかもしれない……と、いうのは、いささか妄想めいた深読みだろうか。
 そして17話では、グエルの機体が画面の下手から上手へ、画面の左奥から右手前へ抜ける形でエアリアルの角を断ち切る。あそこで、グエルは「本当に強い人になる」ことができたのかもしれない。
 こんなふうに当てはめて考えてみると、あらためて上手・下手の原則の強固さを感じる。

さらに決闘後のシーン。3話のラストで背景に描かれるのは、雨上がりの、雲間から光が射し込む情景。対して17話は曇天。こんなところにも対比構造が見て取れる。「機動戦士ガンダム 水星の魔女」の画は、実に雄弁だ。

今回はあえて、シリーズ全体の局所的な部分に注目した原稿を書いてみた。Season2に入り、「ガンダム」シリーズとしての継承・発展・革新という点のみならず、私が10代から20代の初期のころに慣れ親しんだ、「新世紀エヴァンゲリオン」「少女革命ウテナ」といった作品や、そこに反映された1990年代的なテーマの継承・発展・革新という要素も、より濃厚になってきたように感じている(そもそもそうした90年代的なテーマが、アニメでは「機動戦士ガンダム」を発端としているのだから、当然なのかもしれないが)。
 物語が完結したところで、あらためてシリーズ全体を見渡した総論的な文章も書いてみたいものだが、今日のところはこれで筆を置きたい。

前田 久

前Qの「いいアニメを見に行こう」

[筆者紹介]
前田 久(マエダ ヒサシ)
1982年生。ライター。「電撃萌王」(KADOKAWA)でコラム「俺の萌えキャラ王国」連載中。NHK-FM「三森すずことアニソンパラダイス」レギュラー出演者。

作品情報

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機動戦士ガンダム 水星の魔女 Season2 46

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