2025年5月24日(土)19:00
【前Qの「いいアニメを見に行こう」】第60回 25年の春 日常系アニメの星座〜「mono」を中心に〜

(C)あfろ/芳文社・アニプレックス・ソワネ
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3年前、この連載で、タイプが違う作品を複数まとめて、「2022年秋の作画祭り」としてとりあげたことがあった(https://anime.eiga.com/news/column/maeq_iianime/117387/ )。こんなふうに縦軸ではなく、横断的な視点で個々の作品という「点」をつなげて線にすること。時評的な文章を書く楽しさのひとつは同時代的に、共時的にある種の「星座」を描き出すことにあると私は感じているのです。……ホントか? そんな御大層なことを普段から考えながら連載してるのか? まあ、ホントってことにしとこう。うん。
2025年の4月クールはその意味で、日常系アニメの「星座」を描きたくなるクールだ。まず、このジャンルのここ10年で最大のエポックメイキングなシリーズであろう「ゆるキャン△」(日常系アニメの原作をコンスタントに供給し続ける母艦的存在「まんがタイムきらら」系列媒体の連載作品で、今や最大のヒット作である)の作者であるあfろの、もうひとつの人気連載をアニメ化した「mono」がある。現在の20代後半〜40代前半くらいのアニメの作り手と接すると、京都アニメーションの存在や、ベテラン・山本裕介監督の下で若手クリエイター陣が辣腕を振るった「ヤマノススメ」シリーズなど、いくつかのベンチマークの存在によって更新された作画・演出の新たなリアリティのようなものを意識することが多いのだが、今作はその最新にして最良の成果だと言っていいだろう(「ヤマノススメ」とはスタッフの人脈的なつながりもある)。写真・動画撮影を作品世界の中心に据えていることもあって、カメラのレンズに対する意識が高い画作り。キャラクターデザインは華やかでアニメらしい魅力に満ちており、デフォルメや省略によるコミカルな芝居も随所に見られるが、日常芝居のリアリティも追及されている。美術も精緻なロケハンの成果を感じさせるが、ただフォトリアルなのではなく、適度に情報量を整理し、絵としての味わいを感じさせる。このバランス取りの巧みさが、新鮮な映像感覚を生んでいる。たとえば2話の凧揚げのシーンなど、記号性と写実性のバランスが実にいい。そして何より、それだけ凝ったことをしていながらも、技術のひけらかしになっていない。普通に見ている分には、ただただ肩の力を抜いて楽しめるアニメ。まさに日常系の美学を感じる。
そして「ざつ旅-That's Journey-」。同じクールにこれが放送されている点が、偶然の妙というやつだ。今作のシンプルなキャラと極めて情報量の多い背景美術、スタイリッシュな男声ナレーションの組み合わせは、アニメの「ゆるキャン△」のどこがどう多くのファンに愛されたのかを丁寧に解析し、導き出された方程式をアニメ化する際の方法論として適用した結果だろう。「mono」が「ゆるキャン△」のきょうだいだとするなら、「ざつ旅-That's Journey-」はいとこくらいの距離感か。
「のんのんびより」からの流れで生まれた、アニメオリジナルの日常系アニメ「日々は過ぎれど飯うまし」もある。これは「mono」「ざつ旅-That's Journey-」とはやや毛色は異なるものの、食を作品の重要な要素として据えて巧みに描き出しており、美術もやはりロケハンを重視してリアリティを出している点は日常系としての共通項がある(ちなみに舞台として登場する大学のモデルは私の母校で、見てるととにかく懐かしい気持ちに……)。「アキバ冥途戦争」での仕事ぶりが印象的だった比企能博がシリーズ構成・脚本を担当。地べたを転げ回ったり、キャラクターが体を張って笑いを取りに来るのが楽しい。会話のキレもよく、コミカルなやりとりで、しばしば思わず噴き出してしまう。
さらに今期、日常系アニメの星座を描くうえで外せないのが「アン・シャーリー」の存在だ。日本のアニメにおいて「日常」が描くべき題材であると示した最初の作品は「アルプスの少女ハイジ」であると、アニメ史の本では定説的に語られている。しばしばこうした物言いは衒学的な遊びめくことがあるが、高畑勲監督がアニメにもちこんだリアリズムの感覚が現在の日常系アニメの生みの親であるというのは、私はきちんと日本のアニメの歴史が持つ連続性として考えられるべきものだと思う。そんな高畑監督の仕事のひとつに「赤毛のアン」があり、同じ原作を元に新たなアニメをつくるとなれば、どうしたって見る方もつくる方もその存在を意識せざるを得ないだろう。そんな日常系アニメの祖が手がけた原作を新たなアプローチで描き出す「アン・シャーリー」が先に挙げた3作と同じクールで並んで放送されているということに、不思議な縁を感じてしまうのだった。
……といったところで、やや散漫だけれども、今、このタイミングでしか感じられなさそうなアニメの風景を今回は切り取ってみた。魅力的な星座になっているとよいのだけれど、どうだろうか。

前Qの「いいアニメを見に行こう」
[筆者紹介]
前田 久(マエダ ヒサシ) 1982年生。ライター。「電撃萌王」(KADOKAWA)でコラム「俺の萌えキャラ王国」連載中。NHK-FM「三森すずことアニソンパラダイス」レギュラー出演者。