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特集・コラム 2022年7月30日(土)19:00

【数土直志の「月刊アニメビジネス」】“湯浅フィーバー”の一端が垣間見えたアヌシー映画祭

湯浅政明監督

湯浅政明監督

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いま海外でもっとも注目されている日本のアニメ監督は、誰だろう? その筆頭に湯浅政明の名前が挙がるのでないだろうか。もちろん日本アニメの強さは才能豊かな監督が次々に現れるところにあるのだが、そのなかでも湯浅政明の立ち位置は少し違って見える。特にアニメーションの作り手に近い人たちのなかでの熱狂ぶりが際立つからだ。
 そんな湯浅フィーバーの一端が、6月に訪れたフランスのアヌシー国際アニメーション映画祭(以下、アヌシー映画祭)で垣間見えた。今回はアヌシー映画祭で見た湯浅ブームの現状を伝え、その理由にも触れてみたい。

アヌシー映画祭は世界で最も歴史が長いアニメーション映画祭で、上映本数も最大だ。昨今その存在感はますます大きくなり、他の映画祭を引き離しつつある。もうひとつの特徴は1万3000人余りの登録参加者のほとんどが、世界各国のアニメーション制作・製作にかかわる人たちであることだ。映画祭で実施されるリクルートを目的にヨーロッパ中からアニメーション専攻の学生も訪れる。

その映画祭で過去10年ほど、際立った存在感を放つのが湯浅政明である。公式参加は2013年の「Kick-Heart」の短編部門ノミネート以後15年の「アドベンチャー・タイム」Episode「Food Chain」(テレビ部門)、17年「夜明け告げるルーのうた」(長編部門)、19年「きみと、波にのれたら」(長編部門)、20年「日本沈没2020」(テレビ部門)とコンペティションだけでも5回。このうち「夜明け告げるルーのうた」のクリスタル賞(グランプリ)受賞は、日本のメディアでも大きく報じられた。
 コンペティション以外でも、21年にはコロナ禍のオンラインセミナー「Work in progress」に出演し完成前の映画「犬王」について語った。18年には大物ゲストが自身のクリエイティブを語るマスタークラスに登壇するなど、「YUASA」の名前を見ない年はほとんどないぐらいだ。

実際に湯浅フィーバーを解き明かすには、この特別なゲスト参加に鍵があるように思える。マスタークラス、「Work in progress」も作品のつくり方を解き明かすものになる。湯浅作品には日本の手描きアニメの動きの魅力が注ぎ込まれつつ、さらに想像を超えた動きが現れる。西洋の文脈とは異なるアニメーションの動きの解釈、つくり方に多くの人が惹かれている。その創造の源泉を知りたいというわけだ。

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22年の映画祭では日本で公開中の「犬王」の招待上映以外に、MIFAキャンパスのパトロン(PATRON)の役割を担った。MIFAキャンパスは若者向けの総合企画で、その親善大使のような位置づけだ。今回は若者に向けて、その創造のエッセンスを語って欲しいということになる。
 学生向けに開催されたセミナーでは、1時間15分にわたり自身のキャリアから最新作までをトークした。特に印象的だったのは子どもの頃から学生時代の話だ。幼稚園の頃からキャラクターを描いてみんなに喜ばれたこと、10歳の頃に「宇宙戦艦ヤマト」に出合ってマンガとアニメの区別に気づき「アニメの絵が好きなんだ」と気づいたこと、さらに高校卒業後にすぐに就職しようとして親に反対されて一度大学にはいったことなど。湯浅監督はこうしてできあがっていたのだと、納得させられた。
 さらに代表作を挙げながら、制作の時に考えたことなどを話題にした。アニメーションの制作を知っている人が対象なこともあり、短いながらも内容は濃いめだ。そして最後に「犬王」につなげる。
自身の制作については「表現に自由でありたい。いろんな人と仕事ができることでそれが無国籍な感じになるのかもしれない」という。

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無国籍な環境は、世界各国から人が集まる映画祭がまさにそうした場だ。湯浅自身も、映画祭を満喫しているようだ。「犬王」上映にあたり登壇した湯浅は、「アヌシー映画祭はいい映画祭で、今年もいい時間を過ごさせていただきました」と応える。
 アヌシーが近年、世界をより広く捉えていることも、湯浅が注目される理由にあるだろう。短編やアート色の強い作品が中心になりがちなアニメーション映画祭のなかで、ハリウッドスタジオ的なCGエンタメ大作や日本アニメなどを積極的にとり入れ、ジャンルの越境を積極的に進める。逆に宮崎駿や高畑勲でなく、日本のアニメシーンから湯浅政明を見つけ、フィーチャーできることこそがアヌシーの強みで、世界に影響を発信できる理由なのだろう。

最後にもうひとつ、映画祭で興味深いシーンがあった。アヌシー市は「アニメーションの街」をさらに強力に打ち出すべく、今年から「アニメーションのウォーク・オブ・フェーム(名声の小道)」というプロジェクトをスタートする。ハリウッドにある「ウォーク・オブ・フェーム」と同様に、業界で大きな業績を残した人物を讃えてその手型を残すというものだ。
 このスタートを飾って第1弾として6人のアーティストが選ばれた。フランスの巨匠ミッシェル・オスロ、カンヌやヴェネチア、アカデミー賞で多くの受賞歴を持つギレルモ・デル・トロ、「アナと雪の女王」監督のジェニファー・リー、「グレムリン」など数々のヒット作を監督するジョー・ダンテ監督、現代アニメーションの第一人者ジョルジュ・シュヴィッツゲベル。さらに湯浅政明の手型が残される。湯浅政明はすでにアヌシーでは、巨匠のひとりなのだ。

数土 直志

数土直志の「月刊アニメビジネス」

[筆者紹介]
数土 直志(スド タダシ)
ジャーナリスト。メキシコ生まれ、横浜育ち。国内外のアニメーションに関する取材・報道・執筆、またアニメーションビジネスの調査・研究をする。2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を設立、16年7月に独立。代表的な仕事は「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など。主著に「誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命」(星海社新書)。

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