2018年10月23日(火)20:30
特集「アニメーション監督 湯浅政明の世界」に寄せて (2)
(C) 森見登美彦・KADOKAWA/ナカメの会
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◆夜は短し歩けよ乙女(2017年)
物語は“黒髪の乙女”と“先輩”を主軸に進む。“乙女”を慕うあまり、妄想の暴走を交えつつ明らかに自意識過剰な作戦を立案する“先輩”。しかし“乙女”は天真爛漫に飲酒を求めて歩き続け、京都の夜が深くなるとともに不可思議な人物たちと珍事件の数々が2人を翻弄し、“先輩”の言動は空振りを続ける……。
青春の迷いと輝きを祝福感あふれる映像とともに楽しむことができる作品だ。筆者が文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の審査委員を担当した2010年度、湯浅政明監督は「四畳半神話大系」で大賞を受賞した。テレビアニメ初の大賞である。それと同じ森見登美彦の小説「夜は短し歩けよ乙女」(山本周五郎賞を受賞、直木賞にノミネート)を長編映画化したのが本作である。原作イラストの中村佑介をキャラクター原案、上田誠が脚本を担当という点も「四畳半神話大系」と同一だ。ルックや表現にも共通性が見られるため、「姉妹編」的としても鑑賞できる。
日本アカデミー賞・最優秀アニメーション作品賞を受賞。
◆DEVILMAN crybaby(2018年)
キャラクターの細部や背景のディテールを描きこむ方向ではなく、アニメーションが本来的に備える「メタモルフォーゼ(変身・変形)」の妙味を駆使して永井豪の漫画「デビルマン」(72)の中核に迫った意欲作。
原作は悪魔・神・人という題材により、既存の宗教的観念を遙かに超えた現代の黙示録に迫った超大作である。そのスケールの大きさゆえ、原作のイメージを貫いての映像企画は難航してきた。今回は永井豪画業50周年を契機に製作がスタート。脚本はヒット作「コードギアス 反逆のルルーシュ」の大河内一楼が担当している。
人と悪魔が融合したときの意識と身体の変容や、激しく肉体を損壊させながらの戦闘描写は、線と面の単純化された映像ゆえ、感覚をストレートに伝えてくる。題名の「泣き虫」というキーワードで、人が自滅していく哀切を浮きだたせた部分など、湯浅政明の解釈による部分も満載である。
Netflixによる全世界配信を前提に全10話で制作されたシリーズとして、大きな注目を集めた。上映時間はトータルで240分と前後編の映画に近い尺であり、スクリーンにおける一挙上映には意味がある。湯浅作品の刺激的な色彩と動き、音楽を直接肌に受けて大勢と共有する点で作中の「サバト」のように意識が別世界へと導かれる感覚が訪れ、希有な映画体験が得られるはずだ。
(C) 2017ルー製作委員会
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◆夜明け告げるルーのうた(2017年)
湯浅政明監督による初の完全オリジナル劇場作品。「夜は短し歩けよ乙女」と連続公開という快挙を成し遂げた。
閑散として薄暗い漁村を舞台に、孤独な少年と海から来た人魚の少女の出会いを描く。不思議なお祭り感覚のある大騒動、そして切ない別れを丁寧な生活表現と繊細な心理描写で活写した。脚本は劇場版「若おかみは小学生!」の吉田玲子が担当。
人魚が日光の照射に弱くて焼け死に、海難犠牲者に不死の血をあたえて人魚に変容させるなどの設定は、「バンパイアもの」としてスタートした部分を発展させたものだ。分かりあえないはずの海から来た異形との接触、音楽とダンスに乗せた疾走感と躍動感などなどを通じ、少年が成長するという点では、青春ストーリーの王道を貫いている。
グリーンの色彩で不定型に変容していく海と水の表現を筆頭に、全編あらゆるものが動き続け、疾走する中で風景ごと世界が生まれ変わっていくような感覚は、アニメーションの快楽の基本に立ち返ったもの。フラッシュというアプリケーションで作画の労力を軽減して動きを高密度化する技法も、要注目だ。アヌシー国際アニメーション映画祭ではグランプリにあたるクリスタル賞を受賞(日本作品では22年ぶり)。国内では表現の実験性が評価されて毎日映画コンクール大藤信郎賞と文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞した。
◆マインド・ゲーム(2004年)
湯浅政明監督が初めて手がけた長編アニメーション映画。
初恋の女性、みょんちゃんに再会したものの、借金取り立てに来たヤクザにあっけなく銃殺されてしまう主人公・西。しかし神様と出逢った西は、驚くべき情熱と生きる意欲とともに現世へと舞い戻ってしまう。だが、それは新たな冒険の始まりだった……。
ロビン西による1995年の漫画が原作。気持ち次第で世界のとらえ方が変容し、心の自由さを取り戻せる「世界が刷新される感覚」をアニメーション表現で追求した点で、芸術家、ミュージシャン、俳優など、「芸」を糧に生きる人びとに大きな衝撃をあたえた。
公開時期、商業アニメ業界では作画以後の工程をデジタル化する制作インフラの大転換がほぼ完了していた。2004年は3DCGとの融合への試みに対し、押井守・大友克洋・宮崎駿と巨匠たちが新しいアプローチを見せる年であった。湯浅政明監督は超大作のような情報密度を高める方向性ではなく、アニメーション作画の自由度を高めると同時に、実写映像や写真などの情報を自在に取り込み、吉本興業の芸人たちの話芸を活かして感性や生理を最大限に触発するアプローチを極めた。デジタルではまだ珍しかったスコープサイズの幅広の画角を徹底的に使った解放感は、劇場では倍増するだろう。
毎日映画コンクール・大藤信郎賞、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞。モントリオールファンタジア国際映画祭では脚本賞、監督賞、映像技術特別賞、ベストアニメーション賞、最優秀作品賞と5冠を獲得した。
◆湯浅政明 自選短編集 1992-2014
今回の映画祭における目玉企画ではないか。映画的な感覚に満ちあふれた作品群が、監督の「自選アンソロジー」として編み上げられた。長編以外にもさまざまな企画に参加してきた。その歴史が垣間見える上映である。
・「アドベンチャー・タイム」Season6 Episode 163「フードチェーン」(2014年)
アメリカの人気テレビシリーズに参加。題名は「食物連鎖」のこと。大自然の法則を理解できない主人公フィンは、ジェイクとともに様々な生物へ変容させられ、「食べて食べられる関係性」を身をもって体感することになる。アニー賞テレビ部門監督賞、アヌシー国際アニメーション映画祭テレビ部門などの受賞歴がある短編だ。
・「スペース☆ダンディ」第16話「急がば回るのがオレじゃんよ」(2014年)
ボンズ原作・制作、渡辺信一郎総監督、夏目真悟監督で作られた宇宙SFアクションコメディ。銀河を自在に飛び回る宇宙人ハンターたちのドタバタ劇を、著名クリエイターたちの個性全開で描いた、オムニバス的なテレビシリーズだ。このエピソードでは脚本・絵コンテ・演出・作画監督など、多くを湯浅政明自身が手がけている。日射で焼け死ぬ宇宙人や異常なまでの食欲表現、絶望的なディスコミュニケーションなど、他作品との共通性も散見されて楽しめる。
・キックハート(2013年)
売れないレスラー「マスクマンM」は人気レスラー「レディS」と出会い、絶頂を求めて戦い、そして惹かれあう。バトルと性愛とは表裏一体だという真実を、独特の作画スタイルでユーモラスに活写した短編。クラウドファンディング「Kickstarter」で制作された最初期のアニメーション作品という点でも話題となった。アヌシー国際アニメーション映画祭、オタワ国際アニメーション映画祭、モントリオールファンタジア国際映画祭と世界を代表する映画祭の短編部門を受賞。
・「Genius Party」より「夢みるキカイ」(2007年)
「マインド・ゲーム」を製作したSTUDIO4℃が、7人の映像クリエイターを「天才(ジーニアス)」と位置づけ、短編オムニバスの劇場映画として作りあげた作品。生まれたての赤ん坊の「無垢」と「生命の原初」を、湯浅政明独特なファンタジー的世界観とフシギ感覚で描きぬく。具体的なセリフやロジカルな説明は乏しく、映像だけで生命の誕生と成長を物語っていく点でも、作家性を極めた作品に位置づけられる。
・ぶりぶりざえもんの冒険 風雲編(1995年)
・ぶりぶりざえもんの冒険 飛翔編(1995年)
・ぶりぶりざえもんの冒険 電光編(1995年)
臼井儀人の漫画「クレヨンしんちゃん」のアニメ映画化は、湯浅政明の大きな転機となった。1993年、第1作目「映画クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王」で本郷みつる監督から「設定デザイン」という役割をあたえられ、世界観やアクション展開をデザインし、映画的な見ごたえあるものとしたのだった。興行収入22.2億円という誰も予想しない大ヒットとなったのも、それが一因である。
この短編3作は「クレヨンしんちゃん」に登場するブタの救済ヒーロー「ぶりぶりざえもん」をフィーチャーした時代劇仕立ての外伝である。その中から湯浅政明が演出を手がけた3作をピックアップ。変な敵側と、時代劇のお約束を逆手にとった脱力系のショートギャグが楽しめる作品だ。注目はチャンバラアクションの本格的な組み立て方で、娯楽映画としての才能が再発見できる。
・「さくらももこワールド ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌」より「1969年のドラッグレース」「買物ブギー」(1992年)
さくらももこ原作の「ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌」(1992年公開)から、湯浅政明が演出・作画を担当した2曲を上映。「1969年のドラッグレース」(大滝詠一)はオープンカーでトロピカルなドライブを描いた背景動画が気持ちいい疾走感。「買物ブギー」(笠置シヅ子)は、大量に増殖したキャラクターがリズミカルに連呼する奇天烈なリピート感覚。いずれも湯浅アニメーションならではのトリッキーな感覚に充ちている。
・TVシリーズ作品OP集
湯浅政明監督の手がけた「ケモノヅメ」(06)、「カイバ」(08)、「四畳半神話大系」(10)、「ピンポン THE ANIMATION」(14)と4シリーズのオープニングを、ノースーパーで上映。いずれも作品コンセプトを端的に凝縮した内容で、色使いやタッチ、実写との合成など、長編で展開した手法の応用も多々見られる。特に「ピンポン」では、長編でクライマックスを多く手がけるアニメーター大平晋也の作画力が堪能できる。
湯浅政明のアニメーションに宿った魅力の本質とは、いったい何なのだろうか。
人類が言葉を獲得する前、集団で火を囲んで「祭り」をやった理由は「生命への賛歌」であったに違いない。湯浅作品は、常にそうしたルーツを連想させる要素に満ちあふれている。海外での評価が高く、多くのアニメーション作家に刺激をあたえてきたのも、それゆえではないだろうか。
ことにアニメーション映像に国際的な伝達能力が宿り、国境を越えて心を打ってきたという事実は、非常に大きな意味を感じさせる。それは、人種に関わりなく「人間の根幹」はだいたい同じにできている、という真実を浮き彫りにするからである。こうした「アニメーションの大きな可能性」を提示するという点で、東京国際映画祭での湯浅政明監督特集には格別の意味があると考えている。
これを契機に、湯浅政明監督という国際的なクリエイターへさらなる注目が集まり、アニメーション映画の可能性がより高まることを期待したい。
「第31回東京国際映画祭(TIFF)」ニュース一覧
[筆者紹介]
アニメハック編集部(アニメハック編集部) 映画.comが運営する、アニメ総合情報サイト。
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