2018年8月31日(金)14:00
ポノック短編劇場「ちいさな英雄」 百瀬義行監督が「サムライエッグ」で試みた、少年の9年間を描く16分 (2)
(C) 2018 STUDIO PONOC
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――終始キャラクターが生き生きと動いている印象でしたが、最初からこれぐらい動かしていこうと思われていたのでしょうか。
百瀬:そんなに動いている印象ですかね。動かさざるをえないカットばかりだったとは言えるかもしれませんが、やっぱり全体の尺が短かったからだと思います。ある程度、時間があればキャラクターに感情移入してもらえますが、今回はゆっくりやっているとすぐ終わってしまう尺ですから、最初から目を離さないでもらうために動かしているところがあります。あとはやっぱり、常にキャラクターがそこにあってほしいという存在感をだすためでしょうか。
――今回、百瀬監督は廣田俊輔さんという方と共同で作画監督も担当されています。
百瀬:短いものだとメインのスタッフが少なくなりますから、そういうところまでやらざるをえないんですよ。僕もアニメーターですから、作画の部分まで管理することが求められていて、ジブリにいるときにつくった「ポータブル空港」やCMなどでも、同じようにやっています。ただ、今回はスケジュール的なこともあって、さすがに自分ひとりでは手がまわらなくて、廣田君に助けてもらいました。もしも、この作品を思うようなスケジュールで順当につくるとしたら、自分のほかに2人ぐらい原画の人がいて、1年ぐらい時間をかけたらできると思いますが、なかなかそうもいかないですから。
――逆の言い方をすると、それほど作画に時間をかけられていないのですね。とても、そうは見えないです。
百瀬:(苦笑)。今は夏にアニメーションの映画がたくさん公開されますよね。そうすると、そちらに人材が流れるんですよ。映画はたいてい長編ですから、その前の年ぐらいからつくっていて、その制作が終わるのは春ぐらいになることが多いです。そうした状況のなかで原画の人に入ってもらっていますから、作業が停滞することもあるわけです。
――それこそ、廣田さんも9月公開の「若おかみは小学生!」の作画監督をされていますものね。
百瀬:廣田君には、その作品が終わってから手伝ってもらいました。作画の皆さんには、タイトなスケジュールのなか、やってもらえて感謝しています。
――中盤、お母さんがダンススクールで踊るところはデフォルメされたフォルムで躍動的に描かれていて、とても心に残りました。
百瀬:あの場面は、橋本晋治さんが担当しています。
――「かぐや姫の物語」で、姫が着物を脱ぎ捨てながら疾走するところなどを担当された方ですね。
百瀬:ほかにも、橋本さんならではの原画をいろいろな作品で描かれていて、つまりはそういうことなんです。僕は橋本さんの個性をよく知っていて、そのうえでお願いするってことは、ああいう感じになるであろうことを想定しています。思っているのとすごく違っていたらどうしようという不安もちょっとだけありますけれど(笑)。
あのダンスの場面は彼の味あってこそで、デフォルメされて描かれていることをふくめて橋本晋治さんならではのアニメーションです。普通だったら作画監督がキャラクターを統一する作業がありますが、そうしたら味がなくなっちゃいますよね。ですから、橋本さんに頼む時点で、そうした味もふくんでいるわけです。見てそういうふうに受け止めていただいたのならば、意図どおりになったということなのかもしれません。
――橋本晋治さんが、他に描かれているところはあるのでしょうか。
百瀬:回想のお祭りのところも橋本さんの担当です。まわりの人たちを半透明シルエットにする絵作りは最初から決めていて、それとは対照的にお父さんお母さんを際立たせたわけですが、感じがとても出ているものを描いてくれました。
――百瀬監督が自ら原画を描かれたところがあったら教えてください。
百瀬:アイスを口にしたシュンが階段を駆け下りていくところと、さっきお話ししたファミレスのところはラフ原(※ラフ原画)をやりました。階段のところでいうと、ラフ原を原画に清書してもらうとき、あのシーンは線が特殊なため、線を生かしつつ原画にして動画にもするという仕事を、大橋(実)君というアニメーターにやってもらっています。
大橋君とは、ジブリのときに何度か同じかたちで仕事をしていて、「香取慎吾の特上!天声慎吾」というバラエティの番組のオープニングをつくったときにも、僕がラフ原のようなものを描いて、大橋君に動画にしてもらいました。他にも、CMやPVの原画や動画チェックなどもやってもらっていて、彼の力量も、ああしたタッチの線が描けることも分かっていたので、引き受けてもらえて助かりました。階段を駆け下りるシーンはけっこう複雑で、ああいう線で描くってことは、「かぐや姫」と同じで、そのままではペイントできないんですよね。
――線が途切れていますから、塗りわけ用の線が別にいりますよね。
百瀬:そうなると、ペイントするための動画も必要になります。さすがにそうした動画は別の方にお願いしていますが、少年の体からでるタッチのようなものも大橋君に全部描いてもらっています。そうしたタッチはラフ原には描いてありませんから、あのカットは、打ち合わせをしながら僕と大橋君の間で3、4往復ぐらいさせて仕上げました。
――階段を駆け下りるワンカットには、それだけの手間がかけられているのですね。
百瀬:もうひとつ、あのカットでは特殊な処理をしています。あそこは基本、背動(※背景動画)で、階段を駆け下りていくのを背景こみで描いていくと、手描きですから階段の幅が狭くなったり広くなったりするんですよ。
――でも、そこが手描きならではのよいところですよね。
百瀬:そう、それが背動のある種の魅力ですよね。なので、そうなる前提で描いているのですけど、背景は3Dでつくっていて階段はテクスチャ(※質感をだすための貼り込み素材)なんですよ。そうしてカメラワークをつくっているため、手描きで線が変形しているのにあわせて背景も変形させなくてはいけなくて、それはCGのほうであわせてもらっています。
――制作中、どのあたりで手ごたえを感じられましたか。
百瀬:アフレコや音作業をはじめた頃からですかね。映像にセリフや音をかさねて肉付けしていくなかで、自分が想像していた以上の効果がでてきました。あと、やっていて思ったのは、小さな子どもを主人公にしたものはいいなということでした。小さい子って、わりと物事をストレートに言うじゃないですか。歳を重ねていくとそういうことを忘れがちで、「あなたの言うことは正論だけど、世の中そんなふうには生きていけないよね」って感じが、どうしてもでてきます。でも、小さい子が正論を言うとなんだか説得力があるんですよね。作中で、シュン君の同級生の女の子が「みんなが気をつけて、ご飯なんかも特別にしてもらえればいいのに」と言っていますが、そういうことを素直に口にだせるのはいいなと思いました。
――百瀬監督の近年のお仕事は、PVやCMなどの短いものやゲーム関係のものが多く、物語やドラマのあるものは、ほとんどなかったと思います。そうしたなか、16分という尺でドラマのあるものをつくられて、いかがでしたか。
百瀬:たしかに5分くらいのものだとドラマまでは描けなくて、今回の16分でもギリギリだったと思います。それでも、キャラクターに寄り添いながら見ていけるものができなくはないんだなという手ごたえはありました。
――今後、さらに長い尺のものをつくっていこうというお考えはありますか。
百瀬:いやあ、何をやるかというのもありますし、なかなか大変ですよね。(少し考えて)テーマがうんぬんとか、そういう問題とは別に、楽しむことだけにふりきったものだと、自分としてはやれないなって気持ちがあるんですよね。もちろん娯楽は娯楽としてあっていいと思いますし、否定するわけではないのですけれど、目先のことを追うのではなく、自分なりに掘っていかないとダメになるというか……。では何ならいいかというと、とにかく“人”ですかね。僕は高畑(勲)さんと一緒にやることが多かったから、日常的な物語にもっとも興味があると思われがちですが、そうでもなくて、人さえ描ければSFやファンタジーもいいのではないかと思っているほうなんですよ。
――高畑監督は、ご自身がその企画をやる理由をとことん突き詰めて考えられていたという話をいろいろな本や記事で読んだことがあります。今のお話を聞いて、百瀬監督にもそうしたところが受け継がれているのではないかと思いました。
百瀬:どうなんでしょう。ただ、新しい表現を試しましょうといっても、それが目先を変えただけのものだと、作る側も納得できないとは思います。人に普段やらない仕事を頼むときには、きちんとした理由が必要で、お互い納得づくで仕事をしてもらったほうがいいですよね。それは、この作品をつくりながらも、ほんとにそうだよなと思いました。
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兄と弟の勇気、母と子の絆、そして、たったひとりの闘い。小さな涙と優しさは、3つの物語を通して、やがて大きな強さとなっていく――。
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