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インタビュー 2020年8月24日(月)12:00

今敏監督をしのんで 平尾隆之監督が今監督に教わったこと (3)

――デジタルになって、撮出しの仕事はどう変化したのでしょうか。

平尾:素材を確認する作業は基本的に同じですが、素材がデジタルデータになっているのと、画面の処理をきめこんでいくときにフォトショップを使うのが大きな違いですかね。例えば、1枚のセルにBGを重ねるとき、画面をこういう感じにしたいからパラ(※画面に影を落としたりグラデーションをつけたりする効果)をくださいっていうとき、撮出しのときにフォトショップでサンプルデータをつくるときもありました。それを撮影さんにお渡しして、動かないカットだったらそのまま使われるときもあるし、サンプルを見ながら撮影さんが近い画面に撮っていくこともあります。
 今さんの場合、撮出しのときにフォトショップを使って自分でBGに少し手をいれたり、特効も自分でいれたりもできるので、特効さんにお願いできないときは、自分でセルデータに1枚ずつフォトショップで処理をかけて統合して、このセルを使ってくださいと撮影さんに渡すことまでされていました。今さんは「東京ゴッドファーザーズ」から今お話したようなやり方でつくっていて、その手法を引きついで「妄想代理人」をつくっていた感じでしたね。

――テレビシリーズは物量が多いですから、デジタルが使える平尾監督に手伝ってもらえて今監督は助かったんじゃないでしょうか。それなのに1話の演出では、なぜ今監督に叱られてしまったのでしょうか。

平尾:さっき少しお話した演出方法の違いですね。「TEXHNOLYZE」はフレア(※光のグラデーションで画面を明るくする効果)やパラを強めに入れて画面にメリハリをつける感じでやっていて、「TEXHNOLYZE」ではそれが上手くいっていたと思うんです。で、「妄想代理人」の1話では最初今さんから「ちょっと撮出しをやってみろ」と言われてやったら、「お前、こんなに光らせてどうするんだ」みたいな話になりまして。「これみよがしにフレアを入れるのはチンピラなんだよ!」と言われて、またチンピラかーと(苦笑)

――浜崎監督が絵コンテ・演出を担当された7話は、そんな雰囲気になっていますよね。

平尾:そうですね。浜崎さんの回は、僕がほぼ全カット撮出しをさせてもらっています。光がバーンと強めに入ったり、モノクロの画面にT光(透過光)が光っていたり、それ自体は今さん面白がっていたんですよ。1本まるまる、ひとりの人間による演出のカラーで満たされていて、そこにブレがないと浜崎さんの仕事をすごく褒めていらして。ただ、今さん自身はフレアを入れるのを嫌がる人なので、自身の絵コンテ回である1話では「駄目だ。お前はもっとカメラを勉強しろ」と言われてしまいました。
 それで、「そうか、カメラを勉強しなきゃいけないなあ」と思って、カメラの本を買ってきて机で読もうとしたら、今さんがいきなりものすごく怒りだして、「お前は何しにきているんだ。会社は勉強するところじゃないぞ」という話をされたんです。そういう勉強なんていうのは家に帰ってやりなさい。ここは仕事をするところなんだから机に座ったら仕事をする。仕事がなければ、なんでもいいから見つけてやりなさいっていうようなことを言われてしまい……(苦笑)

――厳しいお言葉ですね。褒められてもいい話だと思いますが、怒られる理由も分かります。

平尾:1話のときは万事そんな感じに叱られてばかりで、2話以降は演出助手として関わらせてもらいつつ、最終回でもう一回、今さんの下についてやったんですけど、そのときは終わったあとに、ちょっとだけ褒められたんです。「逃げずによくやったし、ちったあマシになったかな」と今さん流の言い方で褒めてくれて、そのときはすごくうれしかったです。

――「妄想の産物」には、月子のサイトの掲示板の「ガクガクブルブル」といった書き込みや、2話以降も何度も使われる少年バットが殴った衝撃のエフェクト素材などは平尾さんがつくってくれたと書かれていました。

平尾:そこはつくりました。少年バットのブンって殴るところは、けっこう光らせたんですけど、あそこは許されたんですよ。ちょっとトリッキーでインパクトのあるカットには、こうしたフレアは役にたつからいいんじゃないかと。でも、それ以外のカットは全部直されました(笑)。
 掲示板の書き込みは、当時2ちゃんねるなどが流行りだした頃だったので、いろいろ参考にしながら、あれも全部フォトショップでつくったはずです。僕自身が何かできたというつもりはないんですけども、僕に任せてくれたのは、若い人間の感性をとりこみたかったからなのかなと思います。

――今監督は初監督の「パーフェクトブルー」の頃から、主人公のアイドルのファンサイトなど、作品のディテールを高める素材をマッキントッシュでつくられていましたよね。

平尾:おそらく今さんは、マッキントッシュやフォトショップをアニメづくりに持ち込むことで、自分のイメージに近い絵づくりができそうだと思われていたんだと思います。早い頃からデジタルに可能性を感じられていて、それができる人を好んでいましたね。当時だと「東京ゴッドファーザーズ」撮影監督の須貝(克俊)さんもデジタルに強い方で、今は九州アニメーションの代表をされています。
 平沢進さんの音楽もお好きでしたし、デジタル特有の無機質さやロジカルな部分と今さんの作品は合っていたのでしょうね。「妄想代理人」のアイキャッチもフラクタルノイズみたいな、手描きでは絶対に無理な原始的なモーショングラフィックスにしていましたし、デジタル的なものと相性がよかったのかもしれません。

■抑制しつつも、あらゆるレベルで高い技術でつくられているフィルム

――今日のために「妄想代理人」を見返してきましたが、何度見ても1話はすごいと思いました。シリーズの導入として素晴らしいですし、これ1本で終わりでいいんじゃないかという揺るぎなさもあり、しかもテレビシリーズの省力なつくり方でそれを実現させているところに驚かされます。

平尾:今さんは当時、「1話はこれぐらいでいいんだ」と言ってました。次に引っ張るはじまりのようなものがあればいいのだから、むしろあまり盛り上げすぎてはいけないと。ですから、脚本的にも演出的にも完璧に抑制されているんですよね。

――完璧に抑制されている……本当にそうですね。

平尾:ものすごく抑制された大人のフィルムですよね。今のテレビアニメーションではなかなかできないし、やれない1話だなと思います。「妄想代理人」は今さんの漫画家としての経験もすごく生きているのではないかとも思っていて、引きがメチャクチャ上手いんですよね。参加しはじめの頃、劇場からテレビシリーズになって今さんは一体どんなふうにやられるんだろうと、7、8話あたりまで完成していた脚本を読ませてもらったんですけど、各話の最後に引きがしっかりつくられていて、脚本段階で次はどうなるんだろうとワクワクさせられました。これは漫画家として連載をしていたときのテクニックが生きているんじゃないかと思います。

――オープニングも素晴らしいですよね。背景は「東京ゴッドファーザーズ」の披露宴のシーンのものなどを使いまわして、棒立ちのキャラクターを少し動かすだけというつくり方で。

平尾:今さんは、頭の回転が本当に速かったですからね。あの素材とこの素材を組み合わせれば再利用できると、要は自分の作品をライブラリー化していたんです。「妄想代理人」の1話冒頭の横いちのモブも「東京ゴッドファーザーズ」のときのモブで、再利用できるように最初からそのようにコンテを切っているんですよね。ライブラリー化はデジタルの特製だといち早く目をつけられて、そうすればクオリティの高い素材をより効率的に量産できるだろうと、「東京ゴッドファーザーズ」の頃から意識してやられていたと思います。
 今さんのフィルムって、抑制しつつ全編あまりに高いクオリティでつくられているがゆえにサラッと見られてしまうところがあるんですけど、作り手として考えると、あの絵づくりに追いつける日がくるのだろうかとも思ってしまいます。1話の月子がカフェでルポライターの川津(明雄)に脅されているところで、月子が飲んでいるグラスの水滴が汗のようにしたたる描写があるんですが、あそこの処理って特効だけでなく、撮出しのときに処理もかけているんですよ。最初今さんに言われて自分なりにやったんですが、そのあと今さんが手直しされたものを見たら、「えっ、こんなにキレイになるの……?」と。とにかく絵をみる目、表現する力が圧倒的で、もちろん今さんはすごい絵描きでもあるので、自分が追いつけるはずもないんですけど、しかもそれを短時間でやるんですよね。それを目の当たりにしてすごいと思わされました。
 これはどこかで話したかもしれませんが、今さんは絵コンテの作業をするときも、いきなり描きはじめるわけではありません。脚本に線を引いて、ここでカットを割るっていうのを熟考して、絵コンテ用紙にラフから描きはじめるんです。パース線を引いて、ラフを描いて、クリンナップするという工程をきちんと踏みながら、あのクオリティのコンテを1話分、2週間ぐらいで描いてしまうんですよ。

――すごいですねえ。

平尾:2話は変名で今さんが絵コンテを担当していますが、2話のコンテなんかは1話の作画イン後、他の作業と並行しながら実質ものすごく短い期間で描いていたはずです。しかも最後は絵にトーンを貼って、テキストは全部キーボードで打ちこんで貼りつけてですからね。それだけ短期間でやれてしまう頭の回転の速さと、なんといっても描写力ですよね。もう描くことが染みついているというか、それゆえ今さんでないとあのクオリティをたたきだすことができないっていう。今でも絵づくりやクオリティという面で追いつけるかというと、とても追いつけないですよね。

――今監督のフィルムは全編高いクオリティでつくられているからサラッと見られてしまうという話をされましたが、上手い原画ほど大変なことをサラッとやっているから大変なようには見えないという話を別の監督の方から聞いたことがあります。

平尾:あらゆるレベルで高い技術でつくられているから、本当にサラッと見られてしまうんですよね。同業者やアニメーションに興味がある人から見ると、ものすごく高度なことをやっているんですけど、あえてそれを感じさせないようにしている。今さんは、そういうことを感じさせようとするのをとにかく嫌う方でしたから。

――「『パーフェクトブルー』戦記」でも、絵の好みとして「温度が低い」という言い方をされていました。

平尾:クールなところがあるというか、自分のことをちょっと俯瞰(ふかん)して見ているところがあったのかもしれませんね。……今の話で思い出しましたが、大友(克洋)さんの初期の作品集に麻雀の話があって、すごく影響をうけたという話をよくされていました(※「ハイウェイスター」所収「雀が中」)。本来、物語の主人公には絶対になりえない人物に焦点をあてて、何も起こらない話を圧倒的な描写力で描くっていうやり方は大友さんがはじめた部分があって、ニューウェイブっていうんですかね、あのへんの流れに今さんはものすごく影響をうけたそうです。

■髪をおろした今監督を初めて見た「妄想代理人」最終回

――「妄想代理人」といえば、アニメの制作現場を舞台にした10話「マロミまどろみ」も忘れられません。放送当時、よくこんなエピソードを放り込むなあと思いました。

平尾:ブラックユーモアというか、けっこうアニメ業界の裏側を衝いた感じになっていますよね。

――締め切りを破って編集者とやりあうことを自虐的に描く漫画のアニメ版のようにも思いました。今監督ふくめスタッフの皆さんが苦労してつくっているなか、当時、平尾さんはあの話数をどのように受けとめられたのでしょうか。

平尾:物語として楽しめている自分と、やっぱり現場で働いている身としては複雑な気持ちもちょっとありましたね。普段の会話でも、シャレがきつすぎる今さんのジョークについていけないときもあって、たしかあのエピソードは「好みではないです」と今さんに直接言ったことがあったんですよ。そうしたら、「ああいうシャレが分からないのは落語を聴いていないからだ」と言われました(笑)
 今さん自身もテレビシリーズの制作が苦しかったと思うんですよね。その苦しい状況をどうやったら笑いに変えられるんだろうと、自分自身に対する自虐みたいなものをこみで、ああいう話数も入れたのかなと思います。僕が知る範囲で、今さんが簡易ベッドを机の前にしいてスタジオで寝ているのを見たのは「妄想代理人」のときが初めてでしたから。

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千年女優

千年女優 0

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