2025年10月13日(月)19:00
【編集Gのサブカル本棚】第53回 「音響監督の仕事」長い編集後記

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アニメハックで連載中の聞き書きコラム「明田川進の『音物語』」が書籍化され、「音響監督の仕事」のタイトルで星海社新書から発売中だ。足かけ7年続いてきた同コラムの舞台裏を記録として書き残しておきたい(すみません、今回は完全に宣伝です)。
いちから勉強しながら取材
明田川進氏は音響制作会社マジックカプセルの創業者・会長で、劇場アニメ「AKIRA」、OVA「銀河英雄伝説(銀英伝)」シリーズなど多くの作品で音響監督を務めてきた人物。『鉄腕アトム』が放送を開始した1963年に虫プロダクションに入社してアニメ業界のキャリアをスタートさせ、60年以上アニメの音の現場に関わり続けている。
コラム「音物語」の連載は、アニメハックの前身にあたる「トーキョーアニメニュース」を立ちあげた加藤資久氏(moss株式会社)の発案がきっかけだった。当時、テレビアニメ「妖怪アパートの幽雅な日常」の宣伝プロデューサーをしていた加藤氏は、同作で音響監督を務めていた明田川氏とアフレコ現場でよく話をし、そこで聞いたこれまでのお仕事のエピソードがすこぶる面白かったのだそうだ。エイガ・ドット・コム(現:映画.com)に転職したばかりだった筆者と加藤氏の2人でコラム執筆の依頼に伺うと、明田川氏は自分で書くのは時間的に難しいから聞き書きでよければと快諾してくださった。そのときにコラムのタイトルも相談して、筆者は西尾維新氏の『刀語(かたながたり)』にインスパイアされた「音語(おとがたり)」を提案し、明田川氏の希望で一字足されて「音物語」になった。
「音響監督の仕事」のあとがきで、明田川氏は「数回で終わる予定でしたが、続きに続いて」と書かれていたが、たしかに最初はまずはやってみましょうぐらいのテンションだった。初期は月1回、途中からは2、3カ月に1回のペースで1~2時間お話を聞いてコラムにしていた。聞くテーマも今思うと行き当たりばったりで、特に全体の予定も立てないまま、オーディションのことや、明田川氏の代表作である「AKIRA」「銀英伝」のお話などを五月雨式に聞いていた。
筆者はもともと声優への関心が薄かった。アニメのメイキングに興味はあったが、それは作画や撮影など絵に関する分野が主で、音方面の知識もほとんどなかった。ただ、「AKIRA」はもちろん見ていたし、OVA「銀英伝」シリーズは大学時代に全話見ていた。コラム取材は、明田川氏が携わった作品を見たり、声優や音響関係の書籍を読んだりしながら、いちからアニメ音響の勉強をするような気持ちで臨むことになった。
明田川氏は、昔の仕事を事細かに覚えているタイプではなく、印象に残っていることは詳細に、覚えていないことはハッキリそう言ってくださる方だった。そのため今日はこの話を伺おうと予習して行っても上手く話が弾まないこともあったが、四方山話をしているなかで「え、そんな話が?」と驚かされる貴重なエピソードが飛び出すことも多かった。大学4年のときに手塚治虫氏の自宅を訪ねたことをきっかけにアニメ業界入りした明田川氏が語る手塚氏にまつわる話は、担当編集者やアシスタントが書いた“手塚治虫伝説”に関する書籍を好んで読んでいた筆者にとってワクワクさせられたし、オープンワールドの先駆けとも言われる「シェンムー」のセリフ収録のためにセガに3年間通った話も、ゲーム好きとしては興味津々だった。
音響監督として、明田川氏は「会話の大事さ」を折に触れて話していた。収録現場で役者が一堂に会し、セリフを掛け合うことによって化学反応が起き、ディレクションの思惑をはるかに超えた演技が生まれることがある。また演じる側は、自分の演技だけでなく、相手の演技をきちんと聞いて「受ける」ことも必要であると。コラムの取材をしはじめてから自分自身、映像だけでなくセリフや音楽・効果音についても意識するようになり、アニメを見ながら「このセリフはキャストが一緒に収録したものなのだろうか」と考えるようになった。仕事で声優インタビューをするときにもコラムの経験は大変役に立ち、取材をしながら明田川氏に個別指導をしていただいたようにも思う。
コロナ禍には、密の回避のため複数人での収録が困難となり、映像と音声をミックスするダビング作業もリモートで行なわれることが多くなった。明田川氏が大事なことであると語ってきた、役者全員がそろっての掛け合いの芝居をすることが難しくなったことも、取材のなかでリアルタイムに聞いて原稿にした。
紙の本で残したい
連載を重ね、自分の力ではそろそろ話を聞きつくしたかなと感じたとき、コラムの終わらせ方と同時に「音物語」を書籍化したいと考えるようになった。紙の本のかたちで明田川氏の話を残すことには意義があるだろうし、紙の本になれば読む層がさらに広がるのではないかと思ったのだ。
前職で「劇場版『空の境界』画コンテ集」シリーズを共同編集したときに大変お世話になった太田克史氏(当時・講談社BOX編集長。現・星海社代表取締役社長)に、星海社新書の1冊として出すことはできないかと駄目元で企画書をメールし、打ち合わせの場を設けてもらった。先に同社編集者の前田和宏氏と初めましての挨拶をして、前職は音楽関係の仕事をしていたという前田氏と話をしながら太田氏を待っていたら、太田氏は席に着いて少し世間話をしたあと、出版する前提で実務的な話をしはじめた。企画のプレゼンをする気満々だった筆者は、「え? いつ企画が通ったんだ?」と、ディオ(「ジョジョの奇妙な冒険」)のスタンド攻撃を受けたかのように虚を突かれてしまったが、即決いただいて有難いかぎりだった。
それから1年強かけて掲載ずみのコラムを再構成し、新規取材もしながら書籍の完成にいたった。書籍化のさいにはぜひ実施したいと思っていた、明田川氏の息子で同じ音響監督の明田川仁氏との親子対談も新たに収録することができた。手前味噌ながら、貴重なエピソード満載の、なかなかない1冊に仕上がっていると思う。書店で見かけたら、ぜひ手に取っていただきたい。(「大阪保険医雑誌」25年7月号掲載/一部改稿)

編集Gのサブカル本棚
[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ) 映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。
作品情報
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1988年7月、第三次世界大戦勃発。そして、2019年、メガロポリス東京・・・健康優良不良少年グループのリーダー・金田は、荒廃したこの都市でバイクを駆り、暴走と抗争を繰り返していた。ある夜、仲間...

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