2021年7月10日(土)19:00
【藤津亮太の「新・主人公の条件」】第24回 「オッドタクシー」小戸川
(C)P.I.C.S. / 小戸川交通パートナーズ
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主人公がしばしば、登場人物たちの「ハブ」という役割を担うことがある。様々なキャラクターたちは、ハブとなる主人公と接点を持つことで、物語のなかでの立ち位置を明確にしていく。ハブとなる主人公は、あまり能動的に動き回るタイプでないほうがわかりやすい。観客はハブである主人公を通して各キャラクターを見ているから、その主人公がアクティブにすぎると、主人公の意思が前面に出てきて、各キャラクターの存在が見えづらくなってしまうのだ。
「オッドタクシー」の小戸川は、まさにそんな物語のハブとなるタイプの主人公だ。小戸川の職業は個人タクシー。このタクシー運転手という職業はまさにハブにはうってつけの舞台設定だ。タクシーはいわば動く密室。そこにさまざまなキャラクターが乗り込んでは、ドライバーと会話をして降りていく。タクシーという舞台設定そのものが登場人物のハブとして機能する特徴を備えているのだ。
小戸川のタクシーにはさまざまなお客が乗ってくる。売出し中のアイドルグループのマネージャー、チンピラ、大学生、アイドルファンのキャバクラボーイ。ときには双子の警官に止められたりもする。「オッドタクシー」がおもしろいのは、こうした一見、無関係に見えるタクシーの乗客たちが、実は様々に繋がっていて、全体でひとつの事件が描かれているということだ。
発端は女子高校生の失踪事件。彼女が最後に乗ったのが、小戸川のタクシーであったため、小戸川はこの事件の渦中へと放り込まれることになる。そしてそれぞれのキャラクターのそれぞれの思惑を飲み込んで、事件は意外な結末を迎える。
ここであらためて確認しておくと「オッドタクシー」の登場人物たちは皆、動物を擬人化したキャラクターだ。例えば小戸川はセイウチだし、マネージャーはキツネ、チンピラはヒヒだし、双子の警察官はミーアキャットだ。一見、メルヘンチックでハートウォーミングな物語が繰り広げられそうな設定だが、実はそこで繰り広げられるのは、失踪事件を巡る群像劇なのである。このあたりの作品の見た目と内容のギャップ、さらに巧みな群像劇の構成が、さまざまな人の心を捉え、4月期の番組としてはダークホース的に評判を呼ぶことになった。
寡黙でしかし偏屈な皮肉屋でもある小戸川はまさに、こうした群像劇のハブにはうってつけの存在だったといえる。
しかし小戸川というキャラクターのおもしろいことは、巻き込まれ型でハブの主人公という範疇にとどまらない、というところだ。物語の重要なネタバレになるので詳しく書くことはできないが、ハブという形で人間関係の中心にいる小戸川は、文字通りの意味でこの作品世界全体の中心にもいる存在なのである。それが明らかになるのは最終回。そこでは女子高生失踪事件の真相と顛末だけではなく、さらにもうひとつ大きな真相が明らかになる。
41歳のおっさんというアニメには珍しい主人公像の小戸川だが、そういう意味で最後まで主人公であることをまっとうするのである。
藤津亮太の「新・主人公の条件」
[筆者紹介]
藤津 亮太(フジツ リョウタ) 1968年生まれ。アニメ評論家。2000年よりWEB、雑誌、Blu-rayブックレットなどで執筆するほか、カルチャーセンターなどで講座も行っている。また月1回の配信「アニメの門チャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/animenomon)も行っている。主な著書に「チャンネルはいつもアニメ」(NTT出版)、「声優語」(一迅社)、「アニメ研究入門【応用編】」(共著、現代書館)などがある。東京工芸大学非常勤講師。
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