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特集・コラム 2019年8月3日(土)19:00

【氷川教授の「アニメに歴史あり」】第18回 ダイナミックレンジに宿った生命の感覚

(C)2019「天気の子」製作委員会

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2016年に映画「君の名は。」で興収250億円を記録し、一躍ヒットメーカーとなった新海誠監督の新作「天気の子」が公開された。さっそく2日目(7月20日)の土曜日、レーザーIMAXの劇場を選んで鑑賞した。理由は「雲や雨のデリケートさを味わいたい」ということに尽きる。作中の大半が曇天か雨天の中、雲や雨滴が表現する感情の重みと変化、晴れ間との対比を、ドラマと密着して体感するためである。
 それに絡めた今回のキーワードは「ダイナミックレンジ」とした。4Kテレビのスペックとしても「HDR(ハイ・ダイナミックレンジ)」の重要性の高まっている昨今である。これは輝度(明るさ)に関する用語で、暗いところから明るいところまで、どれくらい細やかに表現できるか、それを高度化したものだ。生物進化上、「視覚」は明暗差のみ感知できる器官から始まっている。だから明暗は「生理的な気分」の根源を大きく左右する。そして新海誠監督は「ダイナミックレンジの変化と応用」に関し、1カット、1コマ単位でデリケートに調整して演出力を高めた作家なのだ(調整の実演を見せていただいたことがある)。

「天気の子」の大半は「雨天続きで太陽が遮られて絶対的な光量が乏しくなった世界」を舞台に進行する。曇り空の「雲」が問題だ。新海誠監督は02年に鮮烈なる映像美の短編「ほしのこえ」でアニメ作家として衝撃の注目を集めた。そのときすでに「雲」の表現に並々ならぬ情感を乗せて提示し、高い評価を得ていた。「雲」にどう立ち向かい実在感をこめてどう描くか、これは非常に難しい問題をはらんでいる。
 雲は水蒸気の不定形な疎密が太陽光を乱反射したものとして視認される。ふたつとして同じものはないという点で「一期一会」の存在だ。雲の中には背後の白を遮って暗く見える部分がある。ところが暗さの中に透過光もあって、単に薄暗く描けばいいというわけではない。さらに観察すると分かるが、太陽の位置により雲のエッジの部分に光が集まったハイライトが輝き、湿度が高い周囲で拡散光を宿すこともある。実に有機的な「光の表現の固まり」で、雲自体が生き物に近いのだ。
 「空を見上げればそこにある」という見慣れたものだから、「白くブラシを吹いただけ」のように、記号的な雲に処すればいくらでも手を抜ける。だが「天気の子」のように「気象の変化と気分」をシンクロさせた映画では、そうは行かない。グレーの明暗をどれぐらい細やかにダイナミックに描き分けるかで存在感が出る。その雲で明度が絞られた薄暗い世界の中では、東京の街も違って見え始める。看板や信号機などの光源や濡れたことによる反射光などが目立つように変わり、無機質と思われがちな人工的な都会を輝いたものと見せるという、倒錯的な情景も登場する。
 そこで常に動く主役は「雨」そのものだ。雲の中で蒸気圧が飽和し、透明な水滴として落下する「雨」は、雲が形を変えて天から地上へ降臨したものなのだ。その水滴をビニール傘という透明な膜で受け、中と外の世界が隔てられる……。この「雨滴の実在感」によって、さらに遠景にあるはずの「雲」のほうも存在感が増す。「何もかもが透明」だから、絵の具でベタ塗りして済ますわけにはいかない。「明暗の差」で描き分けるのが、どれだけ微妙なことか、お分かりいただけるだろうか。新海誠監督はすでに中編「言の葉の庭」(13)において、「曇天・雨天」の表現で驚くべき達成度を見せていた。今回はそれを「世界を変える」という、長編まるごとを支えきる基盤にまで高めた応用編だ。「映像でなければ語れない物語」を極めようとした姿勢に、まず驚嘆を禁じ得なかった。

フィルム時代の実写映画では撮影と照明の連携で明度やコントラストを調整し、「ダイナミックレンジ」に相当するコンセプトで絶妙な美意識を画面に乗せていた。欧米の映画業界が「Director of Photography」として撮影監督と照明監督を統合した職制を採用する理由のひとつである。ところがアナログ時代の高画質ビデオ機器で、ダイナミックレンジはそれほど重視されていなかった。SVHSやレーザーディスクなどで前面に打ち出されていたのは「水平解像度」「S/N比(信号・ノイズ比)」などで、「より細かくチラツキがない」が高画質に対する意識の向け方だった。
 DVDなどデジタル媒体の時代になると、ドット単位で処理する性質から解像度は機器間であまり差が出なくなった。むしろDVD時代で問題になったのは「階調」だ。RGBが各8ビットだと情報量が限られ、データに振り分けられた情報(ビット深度)が決して豊かではない。よく見かけたのはホラー映画で「暗がりに何かいる」と観客を前のめりにさせるシークエンスなのに、「黒に潰れて何も見えない」というクレームであった。これが「ダイナミックレンジ不足」である。
 アニメーションは「省略と誇張」の表現なので、色は絵の具番号で整理されていて(理系の友人は“量子化されている”と呼んでいた)記号化主体のため、デジタル化当初あまり問題にされていなかった。アナログのブラウン管モニタだったのも一因だ。01~05年ごろのアニメを今のモニタで観ると、ギラギラした色味に見えがちなるのはそのためだ。デジタル制作が一般化すると、フィルムの揺れなどないせいで素材の平板さが露呈しやすくなった。それで色の彩度を下げ、明度を下げ、背景の色味をキャラクターに乗せ、演出上も光源やシャドウを意識し、空気感をフィルタで重ね……と、実写フィルムに近い手触りを求めるようになって現在に至るのである。
 その潮流の中で、グラデーションの多い「雲」のような存在は、より微細な明暗差で美的な印象の優劣が決まるようになった。そうなると作家側の「ダイナミックレンジ」が際だってくる。「自然界をどれぐらい微細に捉えているか」という「クリエイターの分解能」が作家性のひとつの基準となったのだ。かつての新海誠監督へ取材したときは、長野県佐久の盆地出身だから、山の端に落日を迎えてもしばらくは薄明るい環境で育ったということが語られていた。幼いころそうした環境でチューニングされた眼と脳は、デリケートな明度差を見分けられるはずである。
 つまり「新海アイ」で曇天の東京の景色を見ると、常人よりも明暗差が細やかに違ってとらえられるということだ。それは「世界に潜んでいる力」を再発見するということを意味する。もしかしたら「雨天の印象」もデジタルカメラと同様、複数の露出を同時に作動させるようにマルチな価値観で把握しているのかもしれない。昼と夜の差、温度の差など、世界を変化させる全パラメーターを細やかに把握した作家が、細やかな明暗と色調のコントロールで芸術性を上乗せし,卓越した表現力でドラマやストーリーの推移と「豊かさ」を一体化させた最新作が「天気の子」なのだ。

「ダイナミックレンジの豊かな世界」は「生命の根源(水の気配)の豊かな世界」に通じる。そのレベルで「生命を吹きこむ(アニメーションの定義)」から、言葉を越えた感興が立ち上がり、「生きていくことの奇跡的な価値」も再確認できるはずだ。
 物語だけ抜き出して語ることからふと立ち止まり、映像が飾りではないことに気づいてほしい。「観客側の感受性のダイナミックレンジ」も問われているのだから……(敬称略)。

氷川 竜介

氷川教授の「アニメに歴史あり」

[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ)
1958年生まれ。アニメ・特撮研究家、明治大学大学院特任教授。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。

作品情報

天気の子

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