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特集・コラム 2019年12月28日(土)20:30

【氷川教授の「アニメに歴史あり」】第23回 時空間の断層“カット頭”に潜む秘密

(C)創通・サンライズ

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第19回でも取りあげた(https://anime.eiga.com/news/column/hikawa_rekishi/109350/ )富野由悠季監督の「劇場版 ガンダム Gのレコンギスタ I 行け!コア・ファイター」が公開された。11月29日からの限定上映に加え、配信でもレンタル・購入が可能となった。劇場では「すごく気になったこと」があったため、予約したパッケージ到着を待たず、すぐ確認できる状況となって大変助かった。「気になったこと」とは物語内容ではない。カットとカットをつなぐ「編集点」の特徴だ。それと「フルアニメーション」と「リミテッドアニメーション」という古典的な分類に、大きな関係があるのでは、と思ったのだ。
 さっそく「劇場版Gレコ」を自宅のゆったりした環境で再生し、映像の流れを検証してみた。やはり思ったとおりだった。それは「カットが切り替わる編集点で、新しいカットの1コマ目、2コマ目は必ず違う画になっている」ということだ。「人物が歩き出す」「身を乗り出す」などの所作の途中、あるいは「モビルスーツがビームを発射する」などアクションの途中では、本来3コマ打ち、2コマ打ちで続いていく作画の頭だけ、1コマになるよう切ってある。これは、分かりやすい例だ。さらに被写体が一見止まっているように見えるカットでも、「宇宙戦艦のトメに背景だけ動いている」「室内にいるトメの人物にカメラワークがついている」「立ち止まって会話しているキャラの背後に別のキャラがスライドで忍び寄ってくる」「雷光などエフェクトが加わる」などなど、とにかく「あの手この手」で、カット頭は「必ず何かが動いている画」にしている。
 結果的にフィルムが止まらないで「ダーッと最後まで流れていく」という印象が発生する。さらに劇場版では、「1本の長尺にまとめる」という目的で、この「流れる印象」が徹底されていて、その中で起伏や緩急の音楽的なリズムが生じていって、ある種の「芸風」にまで高まっている。会話や設定など内容が若干不鮮明でも、グイグイと目が離せないところに持っていかれる感じがするのは、この処理のせいだ。本作には「落ち着きがない」「せわしない」という批判が散見されるが、同じ現象の表裏だと認識している。
 ではなぜこのような演出処理が必要なのだろうか?
 理由は自明だ。カット割りの基本となる「コンティニュイティ(コンテの語源)」とは「連続性」の意味だからだ。「トメの印象を作らない」のがコンテの基礎だから、カット頭の変化を作画と撮影の連携で徹底することで、「流れ続け、変化し続ける動きの途中を切っている(割っている)」という印象が生じる。その感覚は物語内の世界観を「信じられるもの」に励起するのである。
 では、なぜそこまでして「トメ」を排除するのか? それは映画を「観ている者」が生命ある人間だから、というのが上位の理由となる。どんな瞬間でも心臓は収縮するし、呼吸は空気を出し入れしていて、それぞれのリズムを刻んでいる(まぶたの自律的な開閉については省略)。映画に対し、変化し続けるものから目が離せなくなる演出とは、「内臓が時を刻む生理」を理解し、それを巧みに応用した工夫のことなのである。
 編集点の工夫については、ある程度前から分かっていたことでもあった。1980年代中盤、テレビ情報雑誌「ザ・テレビジョン」(角川書店/現KADOKAWA)に富野由悠季監督作品(たぶん「重戦機エルガイム」)の紹介記事が見開きカラーで連載されていた。そのコラムで編集マンが「必ずカット頭を切ってトメを作らない」という方針を証言していた。
 富野監督自身も何度か「アニメーターは止まった姿勢から芝居を作らないで欲しい。編集で頭を必ず切り落とすから、セルが数枚必ずムダになる。全部積算するとかなりのコスト高になるから、動きの途中から描いてほしい」と、強調している。監督の著書「映像の原則」(キネマ旬報社)の「第9章 作画の究極的演出処理学」では、「それでもカット頭は止まってしまう」「アニメでカット頭の静止感を外す方法」など、刺激的な小見出しで相当踏みこんで説明しているので、興味ある方はぜひ読んでほしい。
 今回あらためて本件が気になったのは、少し奥深いものが垣間見えて、もっと研究してみたいと思ったからだ。片渕須直監督の「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」も、そのひとつだ。あれだけの長尺で、かつエピソード単位が細かく刻まれているのに、スッと頭に入ってくる。全体では「連続性」が脳内に醸成されるがゆえに、2016年版とまったく異なる印象が生まれる。であれば、カット内、カット割りの処理含め、何か「止まらない印象」を醸しだす仕掛けが、そこにあるはずなのだ。
 また高畑勲監督の「アルプスの少女ハイジ」第2話の「チーズを焼くに至るシークエンス」でも「あれ?」と思うところがあった。学生に説明しようとしたのは「宮崎駿のレイアウトによる空間の醸成」だったのだが、カットとカットのつなぎ、人物のアクション・リアクション、何が静止していて何が動いているのかの分別について、「時間の仕掛け」があることに気づいたのだ。
 さらに思い出したのは、晩年の出崎統監督の言葉である。丸山正雄プロデューサーとの対談の中で「虫プロダクションはリミテッドでトメ絵中心だけど、それにカメラワークをつければ、1秒間24コマ、全部違った画が撮れるじゃないか、それもひとつのフルアニメーションだと気づいたんだよね」という主旨のことを語っていた。司会の小生は、これを「流儀の問題」と解釈してしまったのだが、どうやら根源的なところに関わっている発言だと思い直した。
 つまり……人間は1コマずつ全部違うかどうかを見分ける分解能を持っている。アニメーションのコマ打ち(1枚の絵を何コマずつ撮影するか)や、トメ絵を使う・使わないの差は、その人間の生理的特性、あるいは認知心理学的な知見をもって見直す必要がある、ということなのだ。
 これまで言われてきた「フル・リミテッド」という(いささか安易な)対立軸に囚われず、「1コマの芸術」とも言われるアニメーション芸術の根幹を再点検したい、そのための時間がもっと欲しいと思う2019年末である(敬称略:正確な引用ではなく主旨を記載したので、文責は氷川にあります)。

氷川 竜介

氷川教授の「アニメに歴史あり」

[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ)
1958年生まれ。アニメ・特撮研究家、明治大学大学院特任教授。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。

作品情報

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