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特集・コラム 2020年11月2日(月)19:00

【氷川教授の「アニメに歴史あり」】第30回 「鬼滅の刃」と「怪物くん」の意外な関係

(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

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前例のない大ヒット作「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」。さまざまな論客がその要因分析にかり出されている。自分はそれほど詳しいわけではないが、映画は存分に楽しんだ。特に注目したのは、ファンムービーを超えた普遍性の獲得であった。
 大衆向け娯楽映画は、観客が潜在的に抱える社会不安の「たとえ話」になっている。劇中のコンフリクトを乗り越えるプロセスが、形の見えない不安を解消させる構造をとっていて、それがヒットにつながる。この映画もその役割をうまく果たしていて、特に親子の会話ツールにもなり、友人たちと議論することで深みが出る点が素晴らしい。
 「たとえ話」として気になったのは「“鬼”とは何か」で、「人と鬼を区別する境界」に「“不安”の正体」があるはずだ。そしてなぜか「これは“怪物くん問題”だな」と直感したのだった。
 藤子不二雄(A)による漫画「怪物くん」は1965年から少年画報と少年キングで連載され、68年と80年の2回テレビアニメ化、2010年には実写でテレビドラマ化され、翌年には劇場版も作られた。怪物ランドの王子・怪物太郎が人間界のヒロシ少年と親友になる、定番の「異界からの友人もの」だ。しかし、モンスター映画にインスパイアされている点がユニークである。
 40年近く前、ホラー映画に詳しい先輩から衝撃の話をされた。主題歌にも織り込まれている3匹のお供「ドラキュラ、狼男、フランケン(シュタインの怪物)」が映画でリメイク、シリーズが続く「世界三大モンスター」だ。それゆえ「怪物くん」はすごいという。その後もこれがずっと引っ掛かった。自分なりに分析しても、たしかにこの3種が「人に近くて人ならざる者」と根源的な恐怖を招く決定版で、他のモンスターもバリエーションとして回収されるため、「究極の3分類」ではないかと思えるようになった。
 ドラキュラは「吸血鬼」である。他人の血という生命の根源を奪って生きる点が背徳である。生殖ではなく、吸血を媒介に仲間を増やすのも、自然の摂理や神の意志にそむく行為だ。現在ジャンルとして定着している「ゾンビ」も、ジョージ・A・ロメロ監督が映画「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」「ゾンビ」で既存の「歩く死体」に吸血鬼属性を加味して再定義したもので、バリエーションなのである。「鬼滅の刃」の“鬼”もその範疇にあると言える。
 狼男は「人が獣に変わる」点に背徳性がある。キリスト教圏では「人」は神の似姿とされ、獣と人とは厳粛に分離されている。その規範を外れて、しかも人を襲う点に、怪物性の本質がある。
 「フランケンシュタイン」は、本来は怪物を作り出した博士の名前で、科学実験の産物だから、もうすこし近代的なモンスターだ。しかし「死体を切り合わせて人体を再生し、科学力で生命をあたえる」行為は「神にしか許されない御業の模倣」だから、そこに背徳性が宿り、ホラーになる。
 これらはゴシックホラーであることも要注意だ。古城や宗教的建造物で事件が起き、時代設定はおおむね19世紀……産業革命を契機に急進する科学文明が、生活様式のみならず、数千年以上信じられてきた「宗教的死生観」を根本から揺るがせた時期である。その新しい不安を見つめ直して解消するため、「科学時代のモンスター」として「3分類」が再定義されたとも解釈できる。同じ「科学文明の発明」である「映画」が、この新しい「恐怖のカテゴリー」とマッチし、発展したことも偶然ではないはずだ。
 さて、この「3大モンスター」の分類になぜこだわるかと言えば、それは半世紀前に形を変えて「サブカルチャーの新しい源流」を生んだとも考えているからだ。特に69年創刊の雑誌「ぼくらマガジン」(講談社)、アニメクリエイターの多くに影響をあたえた雑誌の成り立ちに関連づけて、それを意識している。同誌は月刊誌「ぼくら」の休刊時に「タイガーマスク」連載継続の大目的で生み出された「週刊少年マガジンの弟分」であり、結果としてヒーローものを再生産する役割をはたした。さいとう・たかをの「超人バロム・1」や永井豪の「魔王ダンテ」を掲載、さらにマーベルコミックから「ハルク」を招聘し、同時に「月刊少年マガジン」でも「スパイダーマン」を和風にアレンジするなど、プロレスラーという等身大ヒーローをさまざまにアレンジ、再定義した。
 それによって、1970年代の変身ブームへブリッジした点で、非常に重要な雑誌なのだ。そしてこの雑誌は「3大モンスター」のルネサンスの機能も果たしていた。
 まず「ドラキュラ」は平井和正原作、桑田次郎(現:二郎)作画の「デスハンター」である。後の小説化で「ゾンビハンター」と改題されたとおり、人間を不死の存在に変えるスライム状の寄生生物に伝染力のある点で、ドラキュラ的なゾンビ物語であった。
 「狼男」は同じ平井和正原作、坂口尚作画による「ウルフガイ」である。その不死の秘密をめぐって国際的な陰謀に巻き込まれる高校生・犬神明の物語は、やはり後に小説化されて中高生を中心に大きな支持を受け、ライトノベルの原点のひとつを生成する。
 それでは「フランケンシュタイン」とは何か? それはズバリ石ノ森章太郎の「仮面ライダー」である。改造人間という「人でなくなった主人公」の物語だ。敵は「組織」のショッカーで、「改造手術」という合理性のある科学的手法で、誘拐した人間を組織的悪事に奉仕する怪人化する。そこには、高度成長期の企業ぐるみの犯罪的行為「公害問題」などの社会不安が投影されていた。
 こうした考察を経て「鬼滅の刃」を振りかえると、“鬼”は「人のあり方」を否定することで成り立っている点がとりわけ重要に思えてくる。ヒット中の劇場版でも、永続する快楽、永遠の生命など、そこだけ取り出せば人間が求めてやまない願望を、“鬼”は取引材料として提供してくる。それは人のダークサイドを刺激する誘惑として描かれ、同時に人間性に直結したものとしての認識も、コンフリクトを生んでいる。
 その誘惑を否定して戦う行為に、どんな意味を見いだせるのか。それが試される作品だなと、筆者は深く感じいった。
 その意味の発見は、「怪物くん」「ぼくらマガジン」など一見関係なさそうな半世紀前のものと照応しつつ、歴史的文脈をどう再定義、再発見するか、考え続けることが大事とも思った。文化芸術、企業活動など「人の営み」には50年周期の波動があると言われている。そして「鬼滅の刃」が舞台とする大正年間は、そのダブルである約100年前だ。さらにゴシックホラーが最初の頂点を迎えるメアリー・シェリーの小説「フランケンシュタイン」は1818年の作品――約200年前である。
 いずれにせよ「人間性の破壊」は、いつの世にも続いている。それにどう抗うかが、メディアを変え、かつて確実に存在した「社会不安」の様式を読み替えながら、新しい作品の姿を借りて、時代ごとの大衆に問いかけをしていることだけは間違いない。「鬼滅の刃」が「未曾有の大ヒット現象」であるならば、その意味、必然性を探ることは重要だ。それはこうした考察を重層的に積んでいくことで得られるものだと信じている(敬称略)。

氷川 竜介

氷川教授の「アニメに歴史あり」

[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ)
1958年生まれ。アニメ・特撮研究家、明治大学大学院特任教授。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。

作品情報

劇場版 鬼滅の刃 無限列車編

劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 Check-in19

炭治郎、禰豆子、善逸、伊之助が無限列車に乗り込むシーンで終了したテレビシリーズ最終話から繋がる劇場版。

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