2024年1月22日(月)19:00
OP&ED絵コンテ・演出担当・中村亮介に聞くクリエイター人生で初めて挑戦したこと【「ルプなな」リレーインタビュー第2回】
シリーズ形式でお届けしている、テレビアニメ「ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する」のリレーインタビュー。第2回では、演出家の中村亮介さん(「灰と幻想のグリムガル」「あいうら」「ねらわれた学園」監督など)にオープニングとエンディングについて話を聞いた。(取材・構成:揚田カツオ)
意識したのはキャラクターへの愛おしさ
(C)雨川透子・オーバーラップ/ループ 7 回目製作委員会
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――最初にうかがいたいのですが、本作のオープニング、エンディングをつくるにあたって、中村さんは原作の先の展開を聞いているのでしょうか。
中村:設定面の秘密を、いくつか聞いています。それをふまえて制作しています。
――なるほど。いろいろと気になる点が多いオープニング、エンディングなのですが……まずは原作を読まれた感想からうかがっていければと思います。
中村:実は原作は、かなり前に読んでいました。3巻が出た頃だったかな。この作品に文芸や脚本としてかかわっている武井(風太)さんとは別企画でもご一緒していて、「ファンタジー世界を舞台にしたミステリー作品」の例として、そちらのブレストで話題にあがったんです。
ミステリー要素が強いファンタジーには、たとえば「六花の勇者」とか「折れた竜骨」とかありますけど、多くはないので。ファンタジー世界でミステリーを展開する方法を、ちょうど自分はさぐっていたんです。原作を読んで、ミステリー要素がたくみに展開される一方、それは作り手の読み方といいますか。いち読者としての印象は、なによりキャラクターへの愛おしさをかきたてられる。技巧ではなく、心が前面に書かれている。だからキャラたちがみな愛おしい。いい作品だなと思いました。勉強になりました。
――では、オープニング、エンディングでも、愛おしさという要素は活かされたのですね。
中村:そうです。実はミステリーとしての仕掛けを前面に出す、凝ったプランも考えたんです。こうした準備が入念なのが、いまの自分の作り方の特徴でもありますが。でも掘り下げるうちに、やっぱりこの作品には合わないな、と。ミステリー要素は裏側にひそませて、あくまで全体としては、もっと素朴な見せ方にしたい、と思えてきたんです。
読者が作品に触れるというのは、知識とか理解とかじゃなくて、なによりも体験なわけです。「キャラクターへの愛おしさ」という素朴な感情の体験を、アニメでもお客さんに、なるべくそのままに届けたい。それは、読者としての自分もそうだから、という。
オープニング、エンディング楽曲も、作品への理解という意味で、すごくいい曲があがってきてました。タイアップの都合で、原作とかけ離れた楽曲があがってくる場合も、ないではないんです。もちろん、だからといって必ずしも困るわけではなくて。オープニングを本編の総集編にしない主義の自分としては、どうせかけ離れているなら、それを活かしたプランを考えるのも面白いんです。変化球としてのオープニングを投げて、それが本編とあわさったときに、お客さんのなかに全体像としてまたひとつの作品が生まれる、といいますか……話が横道にそれるのでやめておきます。
今回は変化球ではなくて、正々堂々と直球を投げよう、と思わせる曲があがってました。それなら、自分も直球を投げましょうと。そして、自分はいつも凝った映像をつくるほうだけど、今回はお客さんにそう思わせてはならない。演出の「どうだ感」とか「してやったり感」は、本作にはもっとも無用のもので。あくまで素朴に、自然につくったように見せる。本当は凝ってつくっていても、そうは見せないことを、技術的な課題にしていました。
――かなり難しそうな課題ですが、具体的にはどういったところでそのあたりの調整を行ったのですか。
中村:最後のニュアンスとしては撮影ですね。いままでも撮影をお願いしてきた棚田(耕平)さんに粘っていただけて、悔いなくやれたと思います。じつは視聴者が見る映像の解像度によっては、わからないほどの繊細な効果がたくさん入っていて。それがあってこそ全体として品がよく、でも厚みのある表現に仕上がりました。
でも「がんばって撮影処理を載せました」という感じに見えてはならないので、そのせいで、かえって大変になるという……。パソコンを何台も並列で、一晩かけて処理しないといけない表現ばかりで……。
――(笑)。少し話が前後しますが、中村さんがオープニングをつくるときに、いつも気にされることはなんですか。
中村:まず原作のテーマを、理解する。次に、原作とアニメはメディアが違って、どうしてもそのままにはならないので。アニメ本編ではどうしたかを、理解する。そのうえで、それらとも「ちょっとだけずらし」ながら、オープニングのテーマを設定する。この順ですかね。作品のテーマとオープニングのテーマが全く同じだと、原作や本編で表現していることとかぶるので。オープニングが存在する意義がなくなってしまうと、自分は思っているんです。
――先ほどおっしゃっていた本編の総集編にはしないと。
中村:そうですね。本編で表現している意味とダブると、せっかくオープニングをつくっても、「意味」が積み重ならない。本編と合わせたときに、はじめて作品の全体像が生まれるような。オープニングがあることで本編の味わいが増す。逆に、本編をふまえてオープニングを見ると、回を追うごとに味わいが深まる。そんな立ち位置のオープニングを目指しています。
――そういった考えで、オープニングのテーマは「キャラクターへの愛おしさ」になったわけですね。
中村:テーマというか、モチーフですかね。テーマは、20歳になると必ず死んで人生が「ループする」主人公が、生きていくことへの意味を、物語のなかでどう見いだしていくのか。またそれが、どう変化していくのか、だと思っています。リーシェの人生には、けっして超えられない水平線、バニシングポイントがある。それはオープニングのなかでも、モチーフとして取り入れるようにしています。
マティスに見いだした「多幸感」
――オープニングを拝見して驚かされたポイントがいくつかあるのですが……。まず、カット1から出てくる背景美術が非常に絵画的ですよね。
(C)雨川透子・オーバーラップ/ループ 7 回目製作委員会
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中村:これはマティスを参考にしています。
――アンリ・マティスですか。色彩の魔術師とうたわれる、フォービスムを代表する画家ですね。
中村:マティスといっても変遷があるので、具体的にいうと中期から後期にかけての仕事を参考にしています。その頃のマティスは、一般のお客さんから見て「うまい画家」ではない。わかりやすく技術的にうまいわけではないのに、僕らみたいな仕事をしている人から見ると、なかなかできないと思わせられることを、平然とやりとげている衝撃がある。それは何かというと、なんとも言えぬ色の組み合わせもふくめて、表現の結果としてお客が受け取るものが、「多幸感」であることだと僕は思う。それがマティスの素晴らしいところです。
――オープニングには多幸感が必要だったのですか。
中村:オープニングはリーシェ視点で世界を描いていますが。リーシェって世界に幸せをもたらす人間であるのと同時に、世界を幸せに見る人間なんです。
――なるほど。そんなリーシェらしさをマティスに見いだされたのですね。
中村:そうです。自分は映像をつくるうえの三要素として、モチーフ、テーマ、アイデアにわけて考えるようにしていますが。モチーフにマティスを使わせてもらうことで、テーマとしての多幸感を補強する材料に使わせてもらっている感じですね。オープニングにはそうした「多幸感」の世界に浸っているイメージが。一方でエンディングには、そうした「多幸感」の世界から、疎外されているイメージを求めました。
――もうひとつ印象的だったのがリーシェのダンスでした。ああいう動的なカットを入れようとされた意図はどこにあるのですか。
(C)雨川透子・オーバーラップ/ループ 7 回目製作委員会
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中村:ひとつにはリーシェというキャラクターの弾むような躍動感を、どこかに表現して織りこみたかったこと。もうひとつの理由は、ダンスシーンには、過去のループ人生の紹介も兼ねていますが、それらを具体的な職業の表現にすると、ネタバレしてしまう可能性があったからです。それを避けたくて、抽象的な表現を選んでいます。だからリーシェがいる場所も、舞台上にしました。
――一連のシーンは、背景も書き割りになっていましたね。
中村:はい。スポットライトもあたっていて、ここは舞台ですよ、と。ダンスの合間に挟まれる細居(美恵子)さんのイラストも、リアルな職業人の表現ではなくて、グラビア的になるようお願いしました。
あとダンスは制作進行の田口(百華)さんが、絵コンテに合わせて振り付けを踊って自撮りしてくれまして。もちろんバク転とかは無理ですけれど(笑)、それがとにかくいい感じだし、熱意にも感動しました。
アニメーターに対しては、「コンテのプランと、すばらしい参考映像はあるけれど、アドリブもOK」と伝えて。こういうシーンは、アニメーターの熱意も不可欠なので。自由度は高めにしました。
そしたら描いてくれた方(木曽勇太)がまたうまくてね……。僕はどんなにうまい方でも、タイミングは自分のものにさせてもらう場合が多いし、またタイミングへのこだわりも強いんですが、ここは何ひとついじっていないです。このまま完成フィルムを見てみたいと思わされる、それほどの上がりでした。
眠り姫とユートピア
――オープニングはポイントで、エンディングは全カットに細居美恵子さんが描いたイラストが使われていますね。細居さんとは長くコンビでお仕事をされていると思うのですが。
中村:今回のオープニングとエンディングはそれぞれ、自分と細居さんが組んでつくる王道パターンとも言えますね。素晴らしいイラストレーターは多くいますけれど、そうした方々の仕事は作品の絵ではなくて、その人自身の絵になります。また、そう扱ってあげなければ失礼でもあるという。細居さんの場合はもともとアニメーターなので、その作品の絵で描いたうえで、塗りをイラストレーターとしての個性で表現することもお願いできます。
昔のアニメでいう「ハーモニー」という表現の延長上ですね。細居さんのカットには作監も乗っていないですが、本編とは別物の絵にはなっていないと思いますし。それでいて、細居さん自身の絵にはなっている。僕はほかにあまりそういう人を知らないので。あと何より、イラストレーターとしての細居さんのテイストが、とてもやさしいと思うので。それが今回の作品にあっていたと思います。
――やさしさ、ですか。
中村:「やさしさ」という要素も、今回重視したかったテイストですね。たとえばオープニングでリーシェの赤ん坊の頃を描いていますが、あれはアニメではじめてこの作品に接するお客さんを、リーシェを見守る目線に誘導するねらいがあります。原作を好きな人は、きっとリーシェに対して、やさしい気持ちがあるだろうと僕は思っていて。頑張るリーシェが好き、あたたかく見守りたい。だからリーシェを子どもの頃から描くことで、よりその感情を揺さぶろうと。やさしい気持ちを喚起して、みんなにやさしい目線になってもらおうと。
――一方で、夜明け前の海に向かってネグリジェ姿のリーシェが歩いていって、水平線に手を伸ばそうとするような不穏なカットも散見されました。
中村:あそこの海は3Dですが、リアルで不穏な感じが出て、本当に良かったです。先ほどお話ししたとおり、水平線は僕のなかではリーシェにとって、人生の超えられない地点、ループする地点のつもりでした。そして、そこに向かって手を伸ばそうとする、いつかそれを超えようとするのが、リーシェの生き方なのだと思います。たとえば、自分の人生がループしているとします。でもそのループを、どうにかしようと思う人って、実は多くはないんじゃないか? 本編のリーシェって、そのためにすごく頑張りますよね。それは希有なことで。だからみんなが彼女を、応援したくなるんじゃないだろうか。そして頑張った結果、実現したいことが、何もせずのんびりゴロゴロ横になることで(笑)。その夢を実現させるために頑張るんだと。その両極端が同居するのが、彼女の魅力でもありますね。
――リーシェの寝姿も4カットありますよね。
中村:あれはリーシェにとっての最終的な理想ですから。でもね、本当は今日、今からゴロゴロしたっていいはずなんですよ。リーシェにとって、どうせ人生はループするものなんだから。何もせずに、今からゴロゴロしたっていい。でもリーシェはそうしない。で、ゴロゴロするために、今を頑張る(笑)。そこがいいんでしょうね。
――先日、原作者の雨川(透子)さんにインタビューした際、この作品のテーマのひとつとして「いつか楽をするために、今苦労する」とお答えいただいたのですが……。
中村:それは面白そうな話ですねえ。なんだかリーシェと雨川先生って似ていませんか? 僕もオープニングをやるにあたって、お会いしたからそう思うのかもしれませんけど。
――先生も執筆活動という大変な生活をしていて、その渦中にいるという意味ですか。
中村:ゴロゴロすることを目指しながら、どうしても今すぐゴロゴロできないリーシェは、自分のことでもあるというような。もしかしたら、ゴロゴロすることを目指す人生というのは、永遠にその場所には到達しえないものなのかもしれないんです。「思う存分ゴロゴロしていいよ」っていう日が、もし本当に来ても、リーシェは本当にゴロゴロできるんでしょうか? 「ユートピア」という言葉は、その人が「絶対に到達できない場所」という意味ですが。ゴロゴロする人生という理想の地は、リーシェにとってただしく、ユートピアなのかもしれないですね。
花びらの意味
――オープニングについては、リーシェとアルノルトしか出てこないのも思い切った構成ですね。
中村:意味を突き詰めていくと、オープニングの人数は多くないほうがいいと感じることは多いです。今回も、ふたりだけがいい気がしました。僕がエンディングだけを引き受けたら、そっちをふたりだけにしたかもしれない。そうするとアイデアがぶつかっちゃいますね(笑)。
オープニングとエンディングは別クリエイターがやる場合がほとんどなので、たまにアイデアがぶつかっている作品を見かけることがあります。今回は両方セットで引き受けたので、そういう意味では全体のバランスをつくることができました。なので、オープニングをふたりにして、エンディングには本編のほかのキャラも出そうと。あと、オープニングでもほかのキャラを出していないわけではないですし。
――どういうことでしょう。動物や鳥のことをおっしゃっているのですか。
中村:あれはリーシェやアルノルトの、周りのキャラのつもりで描いているんです。
――えっ? 動物にオリヴァーたちを仮託しているということですか。
中村:具体的に誰とは言いませんが……。また、アルノルトとリーシェ自身もふくめて、仮託している動物もいます。そのへんは解説しても野暮なので。リーシェとアルノルトは、決してふたりきりではないし。人々や世界は、彼らをあたたかく見守っている。その表現のために、動物たちが登場しました。
――なるほど。そもそもリーシェの衣装や年齢が各カットで違うこともあって、あまりふたりだけの感じもしないですよね。
中村:そうでしょうね。リーシェをできるだけ多様なパターンで出したいとは、かなり初期の段階から考えていました。アルノルトも……少年アルノルトが1カットだけ入っていますが、怪我をしている少年アルノルトが、エンディングのカット1につながる仕組みになっています。
――エンディングは、その怪我が治っていくように見えたのですが。
中村:あの怪我は身体だけではなく、心の傷でもあるので……。
――エンディングで意識されたことはありますか。
中村:オープニングとエンディング両方セットでやるというのははじめての機会だったので。なんらかの意味でエンディングがオープニングのアンサーになる仕組みに取り組みたいと思いました。いわた(かずや)監督と打ち合せたときに、「エンディング楽曲は、オープニングとは視点を変えている」とうかがって。
オープニングはリーシェ視点として、エンディングはアルノルト視点として、楽曲を発注していると。……いや、実はエンディング視点にはそれ以上のお話もありましたが、ネタバレ的に決して言えない内容なので、シンプルにオープニングはリーシェ視点、エンディングはアルノルト視点で対比させつつ、その言えない謎とやらも、実は映像内に工夫して織りこんでいます(笑)
僕からは言えないので、本編や原作のこの先を楽しんで、いつか気づいていただければと思っています。それ以外にも、オープニングで蒔いた種を、エンディングで回収する仕組みにしています。
――せっかくの取材ですので、よろしければ少しだけヒントをいただければ……。たとえば非常に気になるのが花びらの表現です。オープニングとエンディングのどちらにも出てきますよね。
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中村:これは言ってもいいと思いますが、花びらは何度もループしている人生の記憶のひとつひとつ、という意味です。それぞれの記憶には、いろいろな感情があり、だからさまざまな色をしているわけですが。それがオープニングの最後にはアルノルトの手のなかにあり、モチーフとしてエンディングにも引き継がれていく……というような。
――ほかにも意味がありそうですが……。
中村:(笑)。設定についてあらかじめ聞いていることもあり、何重にも意味があるような工夫はしています。これほど細かく考えるのは、自分としてははじめてです。
原作はミステリーとして、緻密な網が張り巡らされている作品でもあるんです。にもかかわらず、一見そうは読ませない。リーシェに対して素朴に温かい気持ちになりながら読める内容でありながら、実際には非常に細かく、たくさんの伏線を張り巡らせている……そこは本当に優れている作品だなと思います。
アルノルトとはどういう人間なのか?
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――子どもの頃のアルノルトとリーシェが出てきますが、ふたりが現在のサブキャラクターたちと会話する構成にしようと思われたのはどういうきっかけだったのですか。
中村:これもすべては話せませんが……(笑)。発想の順序で言うと、まずオープニングは白を基調として、エンディングは黒を基調としようと思いました。そのアイデアはエンディングのカット1に残っていて、本当はエンディングは全編があのムードになる予定でした。でも、何度も音楽を聴いて、原作を読むうちに、このアイデアでは不十分じゃないかと感じるようになって。
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――どうしてですか。
中村:黒くて暗い世界にいるだけと、それ以上のアルノルト自身の気持ちがわからないんですよね。それは原作でもまだ描かれていないし、今後に描くだろうと思うので、僕の表現とズレてしまったら申し訳ないのですが。それでも映像表現としては、もう一歩踏みこんで、僕自身が今の時点で想像できるアルノルトの気持ちを、ここは描くべきと思ったんです。うまく伝わるかわかりませんが、男性のリアルな実感から見たアルノルト……と、自分では思っています。
これが、エンディングをifの世界で、子どものふたりが、他の登場人物たちに囲まれている構成にしようと思ったきっかけです。ふたりは本当は年齢もズレてますし、だからああいう子ども時代には絶対にならない。それは原作やアニメ本編からもあきらかで。だからエンディングの回想は、アルノルトが心のなかで望んだ世界で。現実の過去の風景ではなかったんだよと、わかる仕組みで。そのことに気づいたときに、お客さんの心に、言いようのない寂寥(せきりょう)感がうまれるのが、演出上のねらいでした。自分にとってはアルノルトの心の風景とは、そういうものでした。
リーシェとアルノルトは、子どもの頃には出会っていなかった。だから全ては空想の世界の話で、さらに踏みこんで言えば「そうはならなかった理想の世界」の姿です。そこまで踏みこんでしまうのには躊躇(ちゅうちょ)もありましたが、映像は原作とはまた違った作品でもあるべきとも思いました。
いちばん伝えたかった内容は、アルノルトとリーシェはまるで姉弟のように、長く人生を共有しているのだと。出会ったタイミングはもっとずっと遅いのだけれど、本当はずっと長く、密接に、ふたりは人生を共有しているのだと。
――あそこで描かれていること自体は、すごく幸せだと思うのですが、実際映像を見るとある種の哀しさも見て取れるように思えました。
中村:あるていど原作のこの先を知っている人は、そういう感情を抱くと思っています。
――中村さんはアルノルトを「そういう人間だ」と感じられたのですね。
中村:アルノルト視点でいえば、「喪失感」になりますか。実際はそうならなかった幸せから、遠く引き離されていることを知っている人間。それが、僕のアルノルトという人間の理解です。それを映像として表現したとき、情景としては幸せを描いているはずなのに、なぜか「寂寥感」が感じられる。その味わいを伝えるのが演出上の狙いでした。
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これまでで一番後悔のない仕事
――オープニング、エンディングとおして、今回中村さんがはじめてチャレンジされた手法はありますか。
中村:じつは今回は、字コンテを書いていることですかね。
――字コンテとはどういうものなのでしょうか。
中村:絵コンテよりも前に、映像設計をカットごとに文章で書いたものです。具体的な内容よりも、1カットごとの「意味」に重きを置きます。これは「灰と幻想のグリムガル」のあと、自分の監督作が世のなかに出ていかないことにも関係があって。ゼロから話をつくる能力を問われる企画が多かったんですが、ようは自分のオリジナル力が足りなかったんです。それで監督作がないまま何年か経ちましたが、自分なりに試行錯誤して、今では自分らしいやり方はこうだと言えるまでになりました。それが演出にも活かせるんじゃないかと思って、字コンテを書くようになったんです。
――字コンテそのものは、業界ではポピュラーなのですか。
中村:コンテのト書きを先に書くっていうやり方は聞いたことがありますけど……。自分のやり方とは、意図が違う気がします。だから、自分とまったく同じやり方の字コンテは知らないです。「ルプなな」制作班の皆さんも、戸惑ったんじゃないかと思うんですよ。ただ、このやりかたは制作上のメリットもあって。絵コンテにまで仕上がっていると、監督や原作者でも修正にかかる大変さを考慮して「こうじゃない」と言いにくい部分もありますよね。でも、まだ文字の段階なら、言いやすいですから。
――ちなみにそのスタイルでやったものが世に出たのは……。
中村:これがはじめてですね。そして、これほど隅々まで「意味」を行き渡らせることができた仕事は、あきらかに字コンテとそれをめぐる、おもに武井さんとのブレストの効果もあったと思っています。
そういう意味では、これほど演出的に後悔のない仕事もはじめてと言えますね。従来のコンテの描き方だと、かならずどこかは思いつきというか……もちろん、インスピレーションのひらめきを積み重ねる勢いが、いい効果を生む場合もありますので。かならず悪いわけじゃないけれども、厳密にいえば掘り下げの足りていないカットが、今回の仕事と比べれば、まだ残っていたこともたしかなんです。
だから作った本人なのに、つい何回も見てしまうんです(笑)。といっても、今までの自分の仕事と、今回の自分の仕事を、検証するような意味合いですが。
だから、お客さんもそうであってくれたら……いや、検証はしなくていいんだけど(笑)、オープニングやエンディングを何度も見てもらえたら、本当にうれしいです。
「ルプなな」リレーインタビュー
[筆者紹介]
揚田 カツオ(アゲタ カツオ) テレビアニメ「ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する」のリレーインタビューの取材・構成を担当。
作品情報
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