2024年2月5日(月)19:00
チーフプロデューサー・上間康弘に聞く セリフで語るか、絵で語るか【「ルプなな」リレーインタビュー第3回】
シリーズ形式でお届けしている、テレビアニメ「ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する」のリレーインタビュー。第3回は、チーフプロデューサーの上間康弘さんに話を聞いた。(取材・構成:揚田カツオ)
タイトルとギャップがある作品
(C)雨川透子・オーバーラップ/ループ 7 回目製作委員会
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――「ルプなな」の制作をスタジオKAIで引き受けられることになった経緯からおうかがいできますか。
上間:オーバーラップさんから「骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中」のお話をいただいいたときに、一緒にご提案いただきました。力をいれたい作品だから、ぜひやってほしいと。
――「骸骨騎士様」は2022年に放送ずみの作品ですから、かなり前からお話があったのですね。原作の第一印象はいかがでしたか。
上間:イラストを見ただけのファーストインプレッションとしては「とうとう自分に女性向けのお話がきてしまった……。はたして務まるのだろうか?」と。
――これまで担当された作品で、女性向けは珍しかったのでしょうか。
上間:あったかもしれませんが、今回は一見して美男美女の恋愛ものに見えますしね。ここまで女性向けに見えやすい作品はなかったと思います。自分もそういった文法について勉強はしてきたつもりですが、だからといって実際にプロデュースにあたれるかというとそれはまた別の話で。何より原作をお預かりする以上、その流儀が分かっている人がやるべきなんじゃないかと。ですから、戸惑いはありました。
――実際に読まれて、その印象は変化したのですか。
上間:ええ。ルックから想像した逆ハーレムものではまったくなくて、ミステリーでしたし、ドラマとしてただ面白く、見た目で判断してごめんなさいと。
――タイトルやパッと見のルックとは、いい意味でギャップがある作品だったんですね。
上間:ライトノベルの皮をかぶった文芸作品といいますか。文芸にファンタジーのフレームをのせた、上質な読み物という印象を受けました。
悲しいものを抱えるキャラクターたち
(C)雨川透子・オーバーラップ/ループ 7 回目製作委員会
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――映像化にあたって、どこに課題を感じましたか。
上間:いろいろとありそうでしたが、そこはシナリオの段階で推敲すれば、なんとかなるだろうと思っていました。のちに「甘かった……」と頭を抱えることになるのですが……。
――では、その脚本制作上、ポイントになった部分はどこだったのでしょうか。
上間:どこまでを描いて、何を描かないのか? その選択が他作品に比べて大変でした。物語の構造やアルノルトの行動がミステリーをはらんでいますし、何より隠された感情をキャラクターたちの言動から推測していくお話なので、エピソードをオミットしたら、そこにちりばめられていた機微もろともなくなってしまうんです。
――ミステリーの複雑な構造とキャラクターの感情変化について、整合性をとる必要があった。
上間:ええ。あとは設定や伏線もですね。そこもふくめ物語の整合性をとる作業は、他の作品よりも検証に時間をかけました。あわせて、原作のどのセリフを残して、どれを削るかの取捨選択も大変で。原作からセリフをいただく場合も、読むのと音で聞くのとでは伝わり方が違いますから、言い換えもふくめて推敲しました。それと、シナリオ会議ではよく「『鬼滅(の刃)』以前、以後」と言っていたんです。
――それはどういう意味ですか。
上間:原作はキャラクターの裏腹な心について読者が推測していくミステリーですよね。だから、映像化するさいに、モノローグもふくめて極力多くをセリフとして語らないほうがいいと思って。あえて言葉にはせず、映像そのものに謎やヒントをちりばめるのが演出であるという考え方ですね。
――なるほど。セリフではなく絵の芝居などで表現していくやりかたですね。
上間:一方で「鬼滅の刃」はかなり説明するじゃないですか。鱗滝さんが炭治郎を最終選別に送り出すとき、初めてモノローグで炭治郎を心配するようなことを語るんですよね。カメラを長い時間、鱗滝さんに振りながら。あれを見たときは正直びっくりしました。それまでもオンセリフでは心配するようなセリフを言っていましたが、仮面をつけていて、その発言が本心なのかも分からなかったし、そもそも鬼殺隊自体が怪しげでしたし。モノローグってイコール本心なので「あ、この人いい人なんだ」って。
――それだと言い過ぎだと。
上間:いや、たんに選択する演出手法の違いです。でも、たしかにその演出法ならわかりやすいですよね。実際語っていますから、キャラの内心が間違いなく視聴者に伝わるでしょう。とくに、「ルプなな」の原作は、いたるところに伏線がちりばめられているので、オミットや言い換えをしすぎると表現の真意がわからなくなるかもしれない。結果、ついてこられない視聴者が多くなることも考えられる。当然そんな未来は望んでいなくて。
――表現の意味が人によって変わってしまう可能性があるわけですね。
上間:つまりは視聴のハードルがあがってしまう。映像屋の立場としては、まず絵に語らせたいとも思う。だからその演出手法を選択したい自分がいる。でも、できるだけたくさんの人に見ていただくために広く門戸も開きたい。であれば、説明を増やしたほうがいいのか……そんな葛藤が随所にありました。
そもそも、基本、登場キャラクターはほぼ皆ハードボイルドだと思っていたんです。「本当はこうなりたい」とか。自分でも気付いていない、あるいはみずから気付いていないふりをしている思いを、ぐっと胸の奥に押し込めているような……。
――悲しいものをつねに抱えているキャラクターだと。
上間:ええ。アルノルトもそんな気がしていて。ただ雨川先生は「アルノルトは目的意識のほうが強いから、憂いはない」とおっしゃっていた気もしますが(笑)
――とはいえ、エンディングのアルノルトの表情もやはりはかなげな感じがします。
上間:映像だと描かないといけないですからね。その結果、見る人の数だけ解釈が生まれて、そう見えたということもある。それは場合によっては原作の先生が想定していなかった方向にいくこともあるかもしれませんが、視聴者の皆さまの反応という手段をもって、先生に原作のあらたな魅力を逆提案できる。映像制作を生業としている人間として、それが原作作品をやらせていただくときの楽しみのひとつなんですよ。
――なるほど。上間さんご自身はハードボイルドなキャラクターがお好きなんですか。
上間:好きですし、そんな物悲しい人をも優しくつつんで、最後には希望を見せてくれる物語が好きなんです。実は「骸骨騎士様」のときにラスボスにしたフンバも、どうにかしてその骨を拾えないかなとも思ってました(笑)
――敵であっても、その役割だけのキャラクターにしたくないと。
上間:悪役であっても、その人なりの人生があったと思うんです。私は「うしおととら」や「からくりサーカス」の藤田和日郎作品が大好きなんですが、あの主人公たちのように、私自身も強くて優しい人でありたいと思う。彼らは、ラスボスにすら手を差し伸べて優しく包みこむじゃないですか。そういう意味では「ルプなな」に、それに近い匂いを感じていたのかもしれません。リーシェは、うしおやとらであり、マサルや鳴海であると。まっすぐに諭し、そして包みこむ主人公だと思っていました。
「東京ラブストーリー」とエンディング
(C)雨川透子・オーバーラップ/ループ 7 回目製作委員会
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――この作品はかなり次話数への引きが強いと思うのですが、その点について意識したことはありますか。
上間:最初から言っていたのは「エンディング曲を本編で先に流しつつ、エンディングに入りたい」と。
――たしかに印象的ですが、あれは上間さんの発案だったんですね。
上間:たとえば「シティハンター」の「Get Wild」や「あの花(あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。)」の「secret base 〜君がくれたもの〜(10 years after Ver.)」がこの方式としてパッと出てくると思うのですが……。でも何より原体験として大きかったのはドラマ「東京ラブストーリー」でした。エンディング楽曲発注のさいにも、(あのドラマの主題歌の)「ラブ・ストーリーは突然に」的なイントロが欲しい、とまで言ったかもしれません。
――なぜこの方式にされたのでしょうか。
上間:本作が恋愛ミステリーだからです。だから「東京ラブストーリー」なんです。あれは、赤名リカの女心という、男性史上最大のミステリーに挑む長尾カンチの物語だったわけで。
――そこを本作のリーシェとアルノルトになぞらえられた。
上間:誤解を恐れず、あえて記号化して言えば、ヒロインがアルノルトで、リーシェがヒーローだと思うんです。アルノルトの女心というこの世界最大の謎に、リーシェというヒーローが挑む。
――たしかに、そういう側面がありますね(笑)
上間:それにエンディング曲を本編から流すことで、物語の残響や情緒を感じてもらいやすくなると思います。音楽って、映画で唐突にかかってもすべてを持っていく強さがあるじゃないですか。その強さを借りて、各エピソードのラストを盛り上げたいと……。
まあ、ああだこうだ言いましたが、とにかくどこかでやってみたかったんです(笑)。そのチャンスを探っていて、この作品のミステリーを後押しし、引きを強くする意味で、この方式が有効に思えたんですよね。
――なるほど。
上間:あと、すごく細かいことですが、ミステリーの引きでいうと、たとえばアイキャッチ。あそこに掲載している英文は考察できるように設計しています。
――えっ? そうなのですか。
上間:あえて意味がないものも入れ込んでいるかもしれませんが、そこはミステリー作品のお楽しみということで……。
日なたのリーシェ
――今回、原作の雨川さんから多方面にわたっての協力があったと聞きました。そういった経験は、これまでありましたか。
上間:作品によって、制作に挑むスタイルが違うので、原作先生にご協力いただく範囲が変わるんですよね。それは先生、出版のご担当者、プロデューサー、あるいは監督のスタンスによってまちまちです。そんななかで今回は原作者自ら、ひとりのアニメスタッフとしてご参加いただいた印象です。たとえて言うとそんな感じですかね。そういう意味では初めての体験でしたし、ひかえめに言ってとても楽しかったです。
――先生はどんな方でしたか。
上間:本気には本気で答えなくてはと思わされる方、ですかね。
――最後に、この作品で視聴者に届いてほしいものはありますか。
上間:それは、たくさんあるんです。ひとつに絞れないんですよね。一方で、矛盾しているかもしれませんが、見てくださった方が好きに受けとってくれればいいとも思うんです。お客さんが作品を見て何かを感じた。その何かが良いものでも悪いものでも、感じたものが確かに存在する。その時点をもって作品の本当の完成、とする考え方も私の中にはあります。そして、それは人の数だけあるし、時とともに変わっていくものかなと。
――なるほど。
上間:私自身、エンターテインメントに触れているときに、そこから何かを得たいと思うタイプなんです。
もちろん、純粋に楽しめるものを望んでいるときもあります。今後、そんな作品に作り手側として関わらせていただくなら、それはそれで全力で面白がってやりますが、出合えたからこそ人生が豊かになる作品もあるわけです。どちらかを選択する瞬間があったとしたら、私は迷いなく後者にかかわりたいと思う。「ルプなな」は、そう思わせてくれる作品でした。これを読んで「よし、私も頑張ろう!」と3次元の世界に帰っていく人は多いんじゃないかなと。
――リーシェの前向きな生き方に共感されたのですね。
上間:はい。非常に意識しました。私がすべきことは、その彼女の生涯を、アニメならではの表現として、どう視聴者の心に届けるかだったと思います。どんな人生であっても、幸せになるチャンスはある。そう思って行動できるかは本人の意思次第で。幸せの秘訣は、自分がやるべきことを好きになることにもあると思うんです。
――ジェームス・マシュー・バリーの言葉ですか。
上間:(笑)。意思のないところに望んだ結果など生まれません。すべては自身の決断と行動の結果なわけです。それで失敗したと思ったら、違うカメラで世を見る努力をして、居住まいを正せばいい。自分の人生をプロデュースするのは自分にしかできない。それを他人や、知らない誰かが用意したもっともらしい物差しに求めてはいけないと思うんですよ。そんなことが伝わってほしいことのひとつだったりもしますが、リーシェの生き様をトレースしてもらえると、そんなメッセージも、あるいは届けられるかもしれないって。
――2話でリーシェが「私の人生にとって価値あるものが何かは、私自身が決めること」と言いますね。
(C)雨川透子・オーバーラップ/ループ 7 回目製作委員会
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上間:ええ。私が普段から人生において大事にしたいことを、そのまま乗せられる作品でした(笑)
ちなみに、リーシェという女性の素晴らしさは、他人を導くことができる強さと優しさを持っていて、その努力を怠らないところです。ですが、実は彼女の本当に素敵なところは、その先にあると思っていて「その感情や考え方はもともとあなたの中にあったもの。私はそれに気付くお手伝いをしただけ」というスタンスを貫くところだとも思うんです。おごらないんですよ。だから、彼女の言葉がスッと入ってくる。
中村亮介さんのインタビューにもありましたが、リーシェは世界を幸せにする人間であり、幸せに見る人間で。つまり、リーシェは日なたなんですよ。前向きにひたむきに、豊かな人生を送りたい。そんな彼女だからこそ、周囲を明るく包み込むことができる。私自身も、そういう人でありたいし、誰かにとっての日なたでいたいんです。
「ルプなな」リレーインタビュー
[筆者紹介]
揚田 カツオ(アゲタ カツオ) テレビアニメ「ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する」のリレーインタビューの取材・構成を担当。
作品情報
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ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する
公爵令嬢リーシェ・イルムガルド・ヴェルツナーには秘密があった。それは『20 歳で命を落としては5年前の婚約破棄の瞬間に戻る』こと。商人、薬師、侍女、騎士など様々な生き方を存分に満喫してきたが、7...
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