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特集・コラム 2021年3月20日(土)19:00

【数土直志の「月刊アニメビジネス」】「鬼滅の刃」海外ヒット、アジアの脱ハリウッドと日本アニメの可能性

(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

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アジア・太平洋で次々に週末興行トップ

2020年10月16日に封切った「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」の勢いが止まらない。公開から5カ月経った21年3月でも映画興行ランキング上位に並び、興行収入は386億円にも達した(3月14日時点)。
 快進撃は国内だけでなく、海外にも広がっている。アジア・太平洋地域にヒットが集中しているのが特徴だ。国外で最も早く公開した台湾で週末興行5週連続1位になったほか、韓国、香港、タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシア、オーストラリア、ニュージーランドでいずれも週末興行ランキング1位に輝いた。

大ヒットは作品の素晴らしさと、日本での巨大ムーブメントに端を発している。しかしこれは「鬼滅の刃」だけにとどまらないグローバルの映画ビジネスの新たな潮流と、そのなかでの日本アニメの存在感も示している。
 日本のアニメは1970年代よりテレビやビデオソフトで世界を席巻してきた。2000年代以降は、日本アニメを指す「ANIME」の言葉が一般化し、ひとつのブランドになったほどだ。近年は配信を通して人気が広がる。
 しかし劇場アニメ、特に映画館での上映、公開では、なかなか世界の壁を越えることができなかった。日本アニメの公開本数は多くなく、たとえ配給が決まってもスクリーン数や上映期間が限られ、大ヒットを狙い難い状況が続いていた。映画配給はどの国も一部企業の寡占率が高く、欧米以外でもハリウッドメジャーの影響が大きい。日本アニメは人気があってもニッチ、大衆的な動員が必要な映画館に向かないと多くの映画館オーナーが考えていたこともある。

コロナ禍で明らかになったアジアの新潮流

これまでもアジア地域では「名探偵コナン」や「ドラえもん」などのヒットはあったが、それでも米国と中国の2大市場で公開されないなかでの劇場版「鬼滅の刃」のヒットは、「日本アニメ=ニッチ」の考えを一変させるのに十分だ。特に「鬼滅の刃」は多くの地域で、ハリウッド映画と互角、ときにそれを上回る結果を残している。
 台湾での興行収入は24億円超、台湾の人口が日本の1/5の2350万人であることを考えれば、いかに大きなヒットか分かるだろう。クリストファー・ノーラン監督の最新作「TENET テネット」やDCブランドの「ワンダーウーマン 1984」を越える2020年最大のヒットである。台湾興行歴代9位でもあり、歴代17位まででハリウッド映画以外は「鬼滅の刃」だけである。タイでも2020年の映画興行全体第2位、海外映画1位である。

これらを20年から続く新型コロナウイルス禍における出来事、あるいは「鬼滅の刃」だけが特別ということはできる。しかし、むしろこれは一時的なものでなく、水面下で進んでいた長期的なトレンドが新型コロナウイルス禍で露わになった、加速させただけに見える。アジア地域のハリウッド映画離れである。
 20年にアジアでは韓国映画の「新感染 ファイナル・エクスプレス」もヒットしている。強い作品であれば、ハリウッド映画以外でも充分ヒットするのだ。
 20年に映画マーケットで北米を越えたとみられる中国の状況もある。もともと中国では国産映画を支援するため、興行収入で海外映画が全体の半分を越えないように公開本数を調整してきた。しかし近年は中国で大ヒットするハリウッド映画は減少傾向、国産映画に勢いがある。コロナ禍であるが、20年の全世界映画興行収入1位、3位は中国映画だった(4位は劇場版「鬼滅の刃」)。
 アニメーションでも、かつて中国の興行上位はハリウッドのCG 映画がほとんど占めていた。そこに「STAND BY ME ドラえもん」や「君の名は。」のヒットで日本アニメが加わり、さらに中国産アニメが急激に人気を集めている。もはやハリウッド映画の圧倒的な優位は存在しない。

日本アニメ映画がグローバル市場で戦う時代到来

こうした動きに先行したのがグローバル配信大手Netflixのローカルプロダクションである。これまでのハリウッドシステムでは、映画や番組のアイディアやマネジメントは一度米国に吸い上げられ、そこで製作した作品を自前の世界配給網で広げていくハリウッド中心主義である。ビジネス戦略も北米での売上げが前提、(プラス)北米以外の世界でどのくらい稼げるかになる。
 Netflixの番組は、例えばドイツ、インド、韓国、ブラジル、時にはアフリカで制作した作品を並列的に世界に広げていく。必ずしも北米でヒットする必要はない。この流れのなかにNetflixの日本アニメ重視がある。今後アジア市場での成長を目指すNetflixは、地域で強い日本アニメにさらに力をいれる可能性がある。

とはいえアメリカの巨大エンタテインメント企業が、将来的に存在感をなくすとは思えない。グローバルのあらゆる変化を飲み込んで成長してきたのが、米国のエンタテインメントコングロマリットだからだ。
 彼らが積極的にローカル作品の制作に取り組む可能性は高い。その重要ジャンルに、日本アニメは必ずあるはずだ。「鬼滅の刃」のヒットはそうした方針を強固にする十分な理由になる。日本アニメは、もっと海外でから求められることになる。
 ただそれが日本アニメの明るい未来を用意しているとも言い切れない。すでに海外では日本アニメスタイルの作品が登場し、これらが強力なライバルになる可能性があるからだ。さらにローカルなコンテンツは多彩だ。日本アニメと競合するなかには、各国の実写映画やバラエティなどもあるだろう。昨今、一部で注目を集めるタイBL(ボーイズラブ)みたいな例もある。今後思わぬ地域から思わぬ人気作品が登場することもあるだろう。
 それでも「文化違うし、流通も配給もなく、人材もノウハウもない。海外公開なんてとても無理」といった時代は過ぎ去りつつある。日本のアニメ映画の新しい可能性は世界に広がっている。

数土 直志

数土直志の「月刊アニメビジネス」

[筆者紹介]
数土 直志(スド タダシ)
ジャーナリスト。メキシコ生まれ、横浜育ち。国内外のアニメーションに関する取材・報道・執筆、またアニメーションビジネスの調査・研究をする。2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を設立、16年7月に独立。代表的な仕事は「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など。主著に「誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命」(星海社新書)。

作品情報

劇場版 鬼滅の刃 無限列車編

劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 24

炭治郎、禰豆子、善逸、伊之助が無限列車に乗り込むシーンで終了したテレビシリーズ最終話から繋がる劇場版。

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