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特集・コラム 2023年8月26日(土)20:00

【編集Gのサブカル本棚】第29回 独占か全方位か、アニメ配信それぞれの戦略

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仕事半分、趣味半分で、各クールにはじまるテレビアニメの1話はなるたけ全部見るようにしている。2023年4月からスタートしたテレビアニメは、配信のみのもの、ショートアニメなどもふくめると60本以上。当たり前のように見てしまっているが、これだけの本数を手がける制作スタッフの存在と、作品に注ぎこまれる途方もない労力、3カ月ごとにこのサイクルが繰り返されていることを考えると、とんでもないことが起き続けているのだなとあらためて思う。
 この異常な事態を改善するべく、アニメ業界のためにも制作本数を減らしてじっくりつくるべきだという話が定期的に持ちあがるが、作品数の多さこそが今の日本のアニメの面白いところでもある。数の多さ=チャンスの多さでもあって、商業的・内容的なヒットが生まれるためには母数が多いにこしたことはない。と言いつつも、この作品は一体なんのためにつくられて、誰が好んで見るのだろう……と思ってしまう珍作もなかにもあるが、そういう作品こそ自分が見届けねばという謎の使命感で見続けてしまうときもある。4月クールもそう思った作品がひとつあるが、さすがに失礼なのでタイトルは書けない。

独占配信の「天国大魔境

4月クールのテレビアニメ群のなかで、良い意味で驚かれたのは「天国大魔境」だった。「それでも町は廻っている」で知られる石黒正数氏が「アフタヌーン」で連載中のSF漫画が原作で、アニメーション制作は「攻殻機動隊」シリーズなどを手がけるProduction I.G。大災害でライフラインが破壊された近未来の日本で“天国”を探す少年少女のサバイバルドラマ、壁に囲まれた研究施設らしき学園で何も知らされずに暮らす子どもたち、2つのディストピア世界を軸に物語は展開され、次第に2つの世界の関連が見えてくる。
 Production I.Gが制作という時点で、放送前から一定以上の映像が見られることは期待できていたが、同社制作の近年の作品群でもトップクラスに制作カロリーがかけられていて、劇場アニメでもここまで手がこんだ作画や背景美術はなかなか見ることができない。日常シーンとアクションのメリハリの効かせ方も非常に巧みで、世界観をあえてくわしく説明せず、伏線が散りばめられたよく分からない物語であるにも関わらず、「面白くて凄いものを見た!」となるのは、単に凄い作画や美麗な背景美術というだけでなく、見せ方が緩急こみでしっかりとコントロールされているからだろう。監督は、本作が初監督となる森大貴氏。2話以降も見ごたえ十分だが、執筆時点で3話まで見たなかでは、1話のインパクトがとにかく大きかった(※注1)。

4月クール一押しタイトルでぜひ見ていただきたいが、「天国大魔境」の配信はディズニープラスのみで、これから見るには同サービスに加入するしかない(※注2)。それこそが独占配信のビジネス的な狙いで、Netflixオリジナル作品にいたってはテレビ放送すらされないことがほとんどだ(配信後、だいぶ経ってテレビ放送されることも)。視聴者的には独占などしないでほしいと思ってしまうところだが、「天国大魔境」のようなややマニアックな漫画が、通常よりもはるかに高額であろう制作費をかけてリッチにアニメ化できたのは、ディズニープラス独占配信というスキームだったからなのは間違いないはず。また、ディズニープラスやNetflixのような外資系の企業のサービスの場合、海外での配信が大きな目的で、日本での放送・配信の優先度が低くなっているという側面も忘れてはいけない。極論を言うと、日本のアニメファンに向けてだけには作られていないということだ。日本のコンシューマーゲームの世界でAAA(トリプルエー)と呼ばれるビッグバジェットタイトルは、すでに海外市場がメインターゲットになっている。制作費が極度に高額だと思われる一部の国内アニメも、現在進行形でゲームと同じ道を歩んでいると思われる。

全方位型の「鬼滅の刃

1社独占配信の「天国大魔境」とは対照的に、4月クールの大本命のひとつ「鬼滅の刃 刀鍛冶の里編」は23ものプラットフォームで配信されている。アニメ「鬼滅の刃」シリーズの配信先が多いのは、視聴者との接点を少しでも多くして、より沢山の人に届けたかったからだと同作のプロデューサーはインタビューで語っており、テレビアニメ第1期で「鬼滅」人気が爆発した要因のひとつでもあった。
 その後、「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」が404.3億円という空前の大ヒットを記録した。すでに爆発していた「鬼滅の刃」の人気を劇場版でさらに押しあげた施策のひとつが、映画公開前にフジテレビ系の全国ネットで第1期の総集編がゴールデンタイムに放送されたことで、「より沢山の人に」がさらに広がった。
 「無限列車編」公開後、テレビアニメ版「無限列車編」と第2期「遊郭編」は、全国フジテレビ系でも放送されることになり、配信と同様、テレビ放送も幅広く展開されることになった。ただ、最速放送のフジテレビ系以外の局では6日後の放送だったため、フジテレビ系が見られる環境にある人はそれ以外の局で見る理由がなくなった。「無限列車編」大ヒットの立役者で、全国ネットであるフジテレビが優遇されるのはビジネス上、当たり前のことではあるのだが、テレビアニメ第3期の「刀鍛冶の里編」では、その部分をビジネス的にもファンの気持ち的にも解決する素晴らしい施策が実施された。全国フジテレビ系列の放送と、それ以外の局の放送および各プラットフォームでの配信では、一部内容が異なっているのだ。

フジテレビ系では、本編の前にオリジナルアバン「双六大好き善逸の今日の一振り!」が放送され、本編終了後の予告編は次回のサブタイトルを告知するのみ。一方、TOKYO MX、BS11、とちぎテレビ、群馬テレビ、AT-X、アニマックスでの放送と、各プラットフォームでの配信では、番組の最後に「大正コソコソ噂話」など新作アニメ映像による予告編が放送・配信される。原作漫画のオマケ的な内容である「大正コソコソ噂話」は「鬼滅」ファンには見逃せないコーナーで、第1、2期でも好評を博してきた。
 フジテレビ系、それ以外の放送局・配信プラットフォーム、それぞれでしか見られない要素があるため、熱心なファンは両方を見る楽しみが生まれるし、各局・各プラットフォームも『鬼滅の刃』のPRに力を入れやすくなる。人気タイトルになったあとも、ファンをより楽しませ、ビジネスパートナーにも気遣った新しい施策を打っていく。そんなところが『鬼滅の刃』の人気が持続している理由のひとつなのだろう。また、そのためにわざわざ新しい映像をつくってしまうufotable(アニメーション制作)のサービス精神は昔から変わらないなと同社のファンとしては嬉しくなってしまう。(「大阪保険医雑誌」23年5月号掲載/一部改稿)

※注1:原画スタッフの個性をあえて生かしたと思われる奔放なアニメーションが楽しめる第10話「壁の町」も素晴らしかった(絵コンテ・演出:五十嵐海、作画監督:竹内哲也)。

※注2:テレビアニメ放送終了後の7月8日から、ディズニープラス以外の配信サービスでも「個別課金サービスでの配信」が実施されている。

五所 光太郎

編集Gのサブカル本棚

[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ)
映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。

作品情報

天国大魔境

天国大魔境 34

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