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特集・コラム 2024年3月16日(土)19:00

【編集Gのサブカル本棚】第35回 作品を評する言葉のスタグフレーション

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コロナ禍前、とある会合で初対面のコンサルティング会社の人と雑談していて、筆者がアニメ情報サイトの編集の仕事をしていると話したら、以下のようなことを聞かれたことがある。
「メディアって、広告やメーカーへの忖度もあって、つまらない作品をつまらないとはストレートに言えないですよね。メディアが本当に面白いとお勧めしたいと思っている作品を見抜くには、どうしたらいいんでしょう?」
 さすがコンサルの仕事をしている人は、初めて話す相手にすごい話題をほうりこんでくるなと皮肉ぬきで感心してしまったが、そんなふうに考えている人は一定数いるのかもしれないなと今も印象に残っている。
 そこで筆者がどう答えたかはのちのちご紹介するとして(もったいぶってすみません)、正直に書くと試写で作品を拝見して、「これは公開されたら酷評されるかもしれないな……」と思ってしまう作品にまれに出合うことはある。試写の会場には、たいがい宣伝の方たちが窓口をされていて、試写が終わって出てきた人たちに、「作品どうでした?」「こんな取材があるんですけど、どうでしょう」と話しかけてくれることがある。逆にこちらから疑問に思ったことを聞いたり、取材したいと思ったらすぐその場で相談できたりできて、そこがオンライン試写と大きく違うリアルならではの利点だと思っているが、個人的に厳しいなと思った作品を見たあとに宣伝の方に感想を求められると非常に困ってしまう。「いや~やっちゃいましたね」なんて言えるはずもなく、「あなたは面白かったですか?」と逆質問するのももちろんNG。宣伝の方にとって、一般の観客に見てもらう前に第三者的な立場にいるメディアの人間にフラットな感想を聞くのも大事な仕事だと思うが、一度「私はどんな風に言ってもらっても気にしませんよ」と言うので、それならばと自分なりに言葉を選びながら気になったところを指摘したら、笑いながら「けっこう毒舌ですね」と言われてしまったので反省し、それ以来自重している。

文脈を読むことが大事?

ウェブにかぎらずテレビや新聞でも、これから公開・放送・配信される新作について、「この作品は面白くないから見るのはお勧めしません」とストレートに書くところは基本的にないと思う。どんなトピックも悪意で塗り固めたような論調で書く酷いメディアも一部にあるが、それはそれで大変問題があって論外なので除外するとして、そうしたネガティブなことをあえて言わない部分のみを見て、「本当のことを言っていない」と感じている人が一定数いるからこそ、口コミが重要視されているのだろう。ただ、口コミを過信すると、今度はステマ(ステルス・マーケティング)に足をすくわれてしまう。ある専門店の店主が、「SNSやYouTubeでこう言われている」ということを根拠に反論してくる客にたいして、「店を構えて専門にしている自分の言うことを信じてくれず、なぜ見も知らずの人の言うことを“正しい”と思ってしまうのだろう」と嘆いているのをSNSで見かけたことがあるが、自分のことを振り返っても、よく知らない分野についてはそんな態度で臨んでしまっている部分があるのかもしれないと感じている。
 漫画「ラーメン発見伝」(原作:久部緑郎、作画:河合単)に、「奴らはラーメンじゃなく、情報(※「情報」に傍点)を食ってるんだ!」という有名なセリフがある。くわしくはぜひ作品を読んでいただきたいが、このセリフを作品鑑賞にあてはめると、一部の鑑賞者は作品が面白いかどうかを自分では判断できず、ただ「面白い」という前宣伝や口コミを消費するためだけに見ているのだという露悪的な言い方ができる。すると、作品の内実とは無関係に「面白い」という情報をいかに流通させるべきかと考える人もでてきて、そうした弊害が昨年10月からのステマ規制につながっているが、どこまでがステマでどこからが個人の感想かは玉虫色なところもあって、最終的には自己判断が求められるのは変わりない。
 通販番組で、出演者がどんなにナチュラルに振舞っていてもそこはかとなく漂う独特な雰囲気は、すべての発言が「紹介する商品を買ってもらう」ために向かっていることに起因するが、それを見てインチキだという人はおらず、一部で話題の「夢グループ」の通販番組ぐらいまでいくと、うさんくさく感じるところさえも魅力につながってくる。作品を紹介するメディアも「作品をお勧めする」のが第一目的で、わざわざ欠点を挙げるよりも良い点を紹介するほうが建設的だと読者は分かったうえでメディアに接しているはず。つまり、受け手のリテラシーが大事ということで、文脈を読むことが大事なのではないかと個人的には考えている。冒頭のコンサルの人にもそのように答えて、「もしそう感じられるのならば“何が書かれていないのか”に注目してみるといいかもしれないですね」と話した記憶がある。けれど、書かれていないことを読みとろうと「裏があるに違いない」と思いこみすぎると陰謀論的な思考に陥ってしまうおそれもあるので、過信しすぎない程度に、ほどほどな距離感でメディアに向き合うのが良いのではないかと思う。

豊かに語る言葉の停滞

「本音レビュー」という言葉が引きのある惹句として使われるように、感想は人それぞれで、作品が面白いかつまらないかの正解がない映像作品では、結局のところ見た当人が本当のところをどう思ったのかを知りたいという潜在的なニーズがあるのだろう。筆者自身、作品の客観的な感想などないと思っていて、まずは好きか嫌いか、面白かったか面白くなかったかというその人の感情がまずあり、そこから敷衍的に“客観的”と言われる理由が導かれるのだと思っている。
 SNSを中心に過大な表現で評する言葉がまん延しているのは、自分が好ましいと思った作品の魅力を短い言葉で皆に伝えたいと思ったとき、それが最適解だと思われているのだろう。関心のうすい人にも広く伝えるため、過激で強い言葉で断言するような振る舞いも常態化している。普通の言葉では伝わらないと考えたとき、例えば本当は10しかないことを100に増幅して発信すれば、多少言葉がうさんくさくなっても、何人かには引っかかってもらえるかもしれない。ただそうすると、ボジョレーヌーボーの毎年のキャッチコピーがネタになるように言葉遊びになっていくだけで、作品を評する言葉についていえば言葉の圧だけが上昇していき、豊かに語る言葉は停滞していっているように思えてならない。
 短い言葉で伝えられる情報はかぎられていて、短歌や俳句のように圧縮したものを理解するには高いリテラシー(教養)が求められる。ファスト教養という言葉が批判的に語られるとおり、物事をキャッチーな短い言葉で深く理解しようとすること自体に無理があって、まずは素朴な言葉で、ある程度の長さのものを読んだり書いたりすることが大事なのではないかと自戒をこめて考えている。(「大阪保険医雑誌」23年12月号掲載/一部改稿)

五所 光太郎

編集Gのサブカル本棚

[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ)
映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。

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