スマートフォン用ページはこちら
ホーム > ニュース総合 > 特集・コラム > 編集Gのサブカル本棚 > 【編集Gのサブカル本棚】第30回 1990年代の悪趣味・鬼畜系とクズ芸人

特集・コラム 2023年9月16日(土)19:00

【編集Gのサブカル本棚】第30回 1990年代の悪趣味・鬼畜系とクズ芸人

イメージを拡大

東京のトークライブハウス・ロフトプラスワンで2月16日、「90年代サブカルチャー大総括~鬼畜系とは何だったのか~」が開催された。平日夜にも関わらず100人以上の観客が集まり、30年近くたった今も鬼畜系というニッチなテーマに多くの人が関心をもっていることに嬉しくなってしまった。

村崎百郎と青山正明の仕事

1990年代後半のサブカルチャーには悪趣味・鬼畜系と呼ばれるジャンルが存在し、前述のトークイベントでは鬼畜系のキーマンである村崎百郎氏と青山正明氏の仕事と今だから語れる実像が関係者を交えて語られた。2人とも故人で、村崎氏は2010年に読者によって刺殺されるというショッキングな事件で亡くなっている。
 悪趣味・鬼畜系は、バブル経済期のお洒落な文化にたいするカウンターとして生まれたと言われている。村崎氏の著書「鬼畜のススメ」の副題には「世の中を下品のどん底に叩き堕とせ!!」とあり、他人の家庭ゴミを漁ってプライバシーを暴き、自らの欲望を解放する様子が清々しいぐらい露悪的に書かれていた。村崎氏はシベリア生まれ・中卒の工員兼鬼畜系ライターを名乗り、人前にでるときは頭に紫色の頭巾を被って片目だけ出すという異様な姿で登場。インモラルなゴミ漁りの専門家として健筆をふるった。
 青山氏は1992年にドラッグに関する著書「危ない薬」を上梓し、1995年から刊行されたムック「危ない1号」シリーズの初代編集長を務めた。「妄想にタブーなし」をうたった同ムックでは、ここでは詳しく紹介できないぐらい過激な内容の原稿が多く収録され、村崎氏も寄稿していた。別のスタッフによって作られた後継誌「危ない28号」では爆発物の作り方が掲載され、それを参考に実際に爆発物を作って爆発させた事件が2000年に起きたこともある。
 「鬼畜のススメ」「危ない1号」の出版元であるデータハウスは、1984年の時点でタブーをテーマにした「悪の手引書」を刊行しており、他社から出た「サザエさん」の研究本「磯野家の謎」がベストセラーになると、すぐさま同書を真似した「サザエさんの秘密」を出すなど、型破りな出版活動で知られていた。そんな出版社だったから村崎氏や青山氏の著作が世に出た部分も大きかった。
 当時は人文書の世界でも殺人や死刑に関する書籍などが売れ、1994年にはB級ニュース雑誌「GON!」(ミリオン出版刊)が創刊されている。「GON!」は、生きたまま棺桶に入って土葬される様子をレポートした「驚異の臨死体験 生前葬に挑む!!」や、忖度なしで飲料をレビューする「まずいジュースを探せ!」など、過激な体当たり取材やくだらないネタが読めないぐらい小さな文字でぎっしり掲載されたカオスな雑誌だった。
 96年に刊行されたムック「世紀末倶楽部」(コアマガジン刊)には死体写真が掲載されていて、重大な事件の報道や医学の専門書以外でそうした写真が掲載されていたのに当時驚かされた記憶がある。村崎氏や青山氏が活躍した1990年代後半から2000年代は、筆者をふくむ好事家のあいだで悪趣味・鬼畜系の書籍や雑誌が好んで読まれていた時期でもあったのだ。もちろん、あくまで自分の知らないタブーな世界を読んで楽しむもので、実践しようと考える人はいなかったと思う。

シベリア生まれ・中卒は方便

村崎氏が刺殺された直後、関係者によるインタビューや村崎氏の未発表原稿を収録した「村崎百郎の本」が出版された。鬼畜を自認していた村崎氏をおもんばかり、あえて追悼本とは銘打たなかった同書では、村崎氏の本名が「黒田一郎」で作家の京極夏彦氏と同じ高校のひとつ先輩だったこと、幻想文学や芸術関係の出版活動を行っていたペヨトル工房の元編集者だったことなどが明かされている。村崎氏のプロフィールは方便だったのだ。
 筆者が参加したトークイベントでは、村崎氏をよく知る人から「村崎氏は本当はゴミ漁りをしていなかったのではないか(事前に許可を得たものだけ実際に行っていたのではないか)」という趣旨の発言もあった。大学時代に村崎氏の著書を読んでいた筆者は、当時からシベリア生まれ・中卒はさすがに作りだろうと思っていたが、ゴミ漁りをしていたこと自体も妄想の産物だったかもしれないという可能性には驚かされた。「危ない薬」の著書である青山氏についても、ドラッグに関する記述の大半は実践ではなく想像によるものだったのではないかという証言もあり、これらについては関係者が今後出す予定の著作を楽しみに待ちたい。
 村崎氏、青山氏ともにセルプロデュースが抜群に上手かったという話には登壇者の多くが頷いていた。2人は優秀な編集者でもあったため、自身を書き手として売り出すさい、あえて露悪的にキャラ付けすることで読者を惹きつけようと考え、それが見事に成功したのだろう。

鬼畜系とクズ芸人の共通点

トークイベントには村崎氏や青山氏の活動をあとから知った20代の登壇者や観客もいて、質疑応答のコーナーでは、迷惑系YouTuberの弟子(師匠は逮捕された)をしていたという観客からの質問をきっかけに、鬼畜系と今の迷惑系YouTuberの違いについて語られる一幕があった。その話を聞きながら、鬼畜系は今テレビで活躍している「クズ芸人」と似ているところがあるのかもしれないと思った。
 コンプライアンスが厳しくなったバラエティ番組で重宝されるクズ芸人たちは、借金がある、SNSで嘘ばかりつぶやく、お酒にだらしないなどの理由で自身をキャラ付けし、あえて視聴者から嫌われる役を演じて人気を博している。昭和の破天荒な芸人のように今だったら確実に問題になるほどではなく、今のテレビで話しても大丈夫な範囲のクズ要素でお茶の間をわかせる。のちに、実は親が裕福だったなど「ビジネスクズ」だったと明かして突っこまれるところまでセットになっていることも多く、大半の視聴者もそのことを分かったうえで楽しんでいる。クズ芸人が多く出演し、攻めた企画が人気の「水曜日のダウンタウン」も、ある部分では悪趣味・鬼畜系の傍流的な雑誌だった「GON!」の姿勢と似ている。自分にはできない、されたくない、でも見てみたいという意地悪で鬼畜的なものは、かたちは違えどいつの時代も求められているように思う。
 村崎氏や青山氏らによる鬼畜系も、リテラシーのある読者に向けた虚実皮膜なムーブメントだったのではないかというのが、リアルタイムで彼らの活動を追っていた筆者の実感だ。また今の目で見ると、なぜこんなに酷い内容の本や雑誌が許されていたのだと感じてしまうのは、昭和のテレビ番組で出演者が煙草をスパスパ吸っているのを奇異に感じてしまうのと同じで、今の価値観のみで判断せず、当時はそれが許された時代だったという視点を忘れてはいけないとも思う。(「大阪保険医雑誌」23年6月号掲載/一部改稿)

五所 光太郎

編集Gのサブカル本棚

[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ)
映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。

特集コラム・注目情報

  • 今日の番組
  • 新着イベント
  • 登録イベント

Check-inしたアニメのみ表示されます。登録したアニメはチケット発売前日やイベント前日にアラートが届きます。