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特集・コラム 2019年3月3日(日)19:00

【氷川教授の「アニメに歴史あり」】第13回 初期「サザエさん」の衝撃

FOD、Amazon Prime Videoで配信中

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日本のアニメは、いつからどのようにして現在の姿に近づいていったのか? そのきっかけは何か? そういうことに関心がある。物語と時代性の関連のみに着目し、作家性主体で解明しようとする論には、限界を感じる。アニメーションは総合芸術。フィルムに焼きつけられた「技術・表現・内容」は相互に深く関わりあうもので、不可分である。
 技術レベルの差によって、描ける内容も規定されてしまう。テレビアニメに関して言えば、1960年代中盤に市場が急速拡大した後、1970年の大阪万博に前後するあたりでいくつかの技術革新を迎え、それが第二の発展期を誘発している。視聴者層の成熟と併走して映像表現の領域が拡張されたことで、相互作用が物語のめざす地平にも影響をあたえ、文化の流れを激しく変えたのだ。
 「どろろ」の次なる虫プロダクション作品「あしたのジョー」は、1960年代とは次元が異なる領域が開き始めたことが明瞭に分かる代表例だ。放送開始は1970年4月、70年代の幕開けである。翌年はタツノコプロの「アニメンタリー 決断」(1971年4月)や東京ムービー(現:トムス・エンタテインメント)の「ルパン三世」(同10月)がスタートしている。共通項は「トレスマシンによる劇画タッチ、イラスト的表現」「透過光による夕陽や曳光弾などの刺激的なコントラスト」「エアブラシやドライブラシを使った特殊効果(仕上げ)の質感表現」などなどの技術がふんだんに投入され、「野性味あふれる荒々しいテイスト」を獲得している。対照的に、60年代アニメのルックが牧歌的に見えてしまうのは革新が一挙に起きた結果ということだ。
 これを可能とした要因は、1点に絞りこむことも可能だ。それが前回話題にした「白黒からカラーへの転換」である。テレビ放送の完全カラー化が1972年春なのは偶然ではない。テレビ受像機というプラットフォームが進化して表現力が向上した。その時代の潮流に「適応している」という意志表明と差別化のために、「今ならここまで表現できる」と、本来テレビアニメ向けではなかった手のこんだ技術が適用されたのだった。
 さて、技術主体で「アニメ進化論」を考えるとき、必ず対立的に大きな存在が浮上してくる。それは今年で放送50周年を迎えるエイケンの「サザエさん」である。放送開始は1969年10月――まさに「1960年代と1970年代の境界」に位置している。
 同作最大の特徴は、半世紀の時の流れに影響されない「永遠の不変性」だ。日曜日午後6時半になると、何年代でも同じテイストとルックの「サザエさん」が見られる。全テレビアニメを年ごと枠にいれて「放送開始」「放送終了」を結んだ「線表」を作成すると、「サザエさん」の線だけが70年代以後、果てしなく伸びていく。「アンチ・メルクマール」とでも呼びたくなるほど、歴史上では恐ろしい存在感を放っているのだ。
 それで思い出すのが、20年ほど前によく飲み会などで話してた「サザエさん全話LD BOX」というギャグである。「絶対に無理」「どんだけの厚さになるんだ」「そもそも、どうやって見返す?」などなど、ツッコミに事欠かない。その絶対的な「不可能性」が「ふだん全話BOX買ってもなかなか見ない」という、一同密かに抱いている罪悪感を自虐的に刺激する。その点では、批評的なモノサシとして機能することもあったりする。
 そんな風に「絶対無理」と思いこんでいた奇跡が、ついに起きた。50周年を機に「初期サザエさんの検証」のネット配信が開始されたのだ。2018年12月26日からFODとAmazon Prime Videoで開始され、対象は第1話から53話までのうち初期50話分となっている。欠落した3話分はネガの損壊で再生不能だったというから、ギリギリのタイミングではないか。
 初期エピソードの作画や演出のタッチが現状とあまりに違うことは、すでに番宣記事やネット上の感想でも大きな話題になっている。キャラクターの指が尖っていたり、顔をしかめるとシワが寄るなど、ニュアンスが何かとワイルドで、やたらと暴力的なギャグがあったりする。ただしこれは原作のテイストによる部分もあり、先行していた江利チエミ主演によるテレビドラマ版のオープニングでも毎回、サザエがカツオとワカメを追っかけて殴っていたりした(しかもアニメで)。

FOD、Amazon Prime Videoで配信中

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アニメの初期エピソードでは、舞台劇のようにヨコ方向への移動が中心となった現在の演出とは異なり、背景動画を使ったタテ移動が用いられるのもダイナミックな印象を強める。なにしろ前週まで同じスタッフが担当してたのは、劇画タッチで抜け忍が追っ手を斬殺しまくる「忍風カムイ外伝」である。そのノリがまだ残っているというわけなのだ。
 しかし、もっともっと注目してほしいのは「線の違い」だ。初期回には「トレスマシン」が頻繁に使われているのである。単なる現在との比較論ではなく、ルックを違えている技術の変遷、その検証も含めて「時代の節目感」を味わうほうが楽しいはずだ。
 付け加えれば、筆者は初期がマシントレス仕様であることは数十年前、新作の放送枠で記念放送として第1話をリピートしたときに気付き、そのとき腰を抜かした記憶がある。なぜならば、「『サザエさん』とは1960年代に用いられたハンドトレス仕様を残しつつ、シーラカンスのように現在まで生き延びている動態保存的なアニメだ」みたいなことを、うかつにも書いたことがあるからだ。いったんマシントレスで始まったものの、比較的初期にハンドトレスに戻った。それが真実だった。実証不足でお恥ずかしい次第である。
 実は初期1年分でも、キャラクターデザイン含め、かなりの部分で現在のルックに近づいていることが分かる。また一部サブタイトルは、傑作選的にリピートされた時点のものと差し替わっていることも、すでに判明している。やはり一次資料の有する情報は偉大だ。詳細を調べるのが楽しみになるではないか。フィルムが劣化しないうちに、この先の49年分のエピソードも着々とデジタル化されていくことを切に祈るとともに、「時代が生む技術の差、ルックの差」もふくめて楽しんでほしいと願う次第である。

氷川 竜介

氷川竜介の「アニメに歴史あり」

[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ)
1958年生まれ。アニメ・特撮研究家。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。

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