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特集・コラム 2023年11月3日(金)19:00

【氷川竜介の「アニメに歴史あり」】第48回 「PLUTO」の物語を求める時代の必然性

(C)浦沢直樹/長崎尚志/手塚プロダクション
(C)浦沢直樹/長崎尚志/手塚プロダクション/「PLUTO」製作委員会

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10月26日からネット配信アニメ屈指の大作「PLUTO(プルートゥ)」(監督:河口俊夫)が、Netflixで公開された。高度な人工知能を備えたロボットが人間に限りなく近づいた未来、地球上で最高峰のロボット7体が次々と破壊され、関係する科学者が殺害されていく。ドイツのロボット刑事ゲジヒトが捜査を進めて真相に迫るなか、事件は「ロボットが抱く人間的な感情」にまつわる意外な側面を見せ始める……。
 「PLUTO」の原作は、手塚治虫の漫画「鉄腕アトム」の「地上最大のロボット」を原案に浦沢直樹がリメイクした漫画だ。その連載開始は2003年で、設定上のアトム誕生年を記念してさまざまなクリエイターがトリビュート作品を発表したなかでも、「PLUTO」は別格の作品となった。連載するうちに構想と描写が膨らみ09年の完結まで6年がかりとなった。単行本も通常版とは別にB5サイズ付録つきの「豪華版」が全8巻でリリースされるなど、大きな話題を呼んだ。
 その大作のアニメ化を企画した丸山正雄は、「手塚治虫×浦沢直樹」の両者に縁の深いプロデューサーである。もともと手塚治虫が創設した虫プロダクションの出身であり、マッドハウス、MAPPA、スタジオM2の創設者として名前を知られている。マッドハウス時代は「YAWARA!」(1989)、「MASTERキートン」(98)、「MONSTER」(04)と浦沢直樹の漫画原作をアニメ化し、そして「PLUTO」を最後の作品にすると公言していた(現在「最後の作品」はさらに増えている)。
 当然ながら、アニメ化は難航した。テレビシリーズの枠組みにはとうてい収まりきれないスケール感と衝撃のある原作だから、当然のことであろう。大きくアレンジして映画化という案もあったようだが、非常に緊密に再構成された物語には省略できるような部分が見当たらない。第1話試写時のトークショーによれば、原作単行本全8巻に対応する全8話を各60分前後でまとめて一挙配信というスタイルとなった。
 OVAが衰退した現在、配信の自由度を得て可能となったフォーマットである。「PLUTO」は浦沢直樹特有のサイコロジカル・サスペンス仕立てだから、「物語展開と緊張感の持続」は最重要だ。結果としてこのアニメ化は、原作再現の忠実度はもちろんのこと、独特の密度感をたたえる映像表現をふんだんに取り入れ、行間を感じさせる膨らみと連続性のある緊張感を獲得することで、「前代未聞の感触」を獲得することになった。
 実現に時間を要した結果、内容面でも「時代性とのマッチング」という点で、驚くべきシンクロニシティが生じた。原作は01年に起きた米国同時多発テロ(通称9・11)直後の発表であり、その「憎しみの連鎖」に着想を得ている。そこから20年が経過した23年、国際情勢はまたもや戦火の中で緊迫している。さらにAI(劇中では人工知能)の進化もまた、この23年に生成系AIで驚くべき急加速を見せて、AIの能力が人間を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)が再び話題に浮上している。
 そもそも「鉄腕アトム」自体、「人間よりも人間らしいロボット」を繰りかえし描いてきた作品だった。それは漫画初出の1950年代の人種差別を投影した結果で、より本質のところで「人間性」を追及した作品であるがゆえの普遍性があるということだろう。期せずしてアニメ化実現にかかった20年という時間経過の結果、「全世界同時配信」も実現した。実に非科学的な発想だが、そこに何か「神の見えざる手」が作用しているようにも感じられてならない。

出発点の手塚治虫版からは60年弱が流れていて、その間に起きた「変化」――たとえば「情」に帯する優先度の違いもまた、興味深いものがある。
 アニメ「PLUTO」の観客は感情を深く揺さぶられたはずだ。つまり、限りなく人に近づいてしまったロボット、その情が絡み合う「ドラマ」を主眼に鑑賞するアニメである。謎を提示してヒントを提示していく「サスペンス仕立て」のストーリーテリングにしても、その感情のピークをいかに紡ぎだすか、そこに貢献するための手段に徹している。
 ゲジヒト刑事自身の記憶にまつわる真相はその代表だし、他にも類似の秘匿構造が随所に仕掛けられている。それは物語のテーマである「憎悪の連鎖」を浮き彫りにするためであり、それはロボットが抱き始めた「愛情」と表裏一体となっていることも多角的に示されている。であれば観客個々人は、こうした愛憎の相克をどう処すべきか、物語が終わっても「自分の問題」として続いていく性質の火種が残る。
 しかし60年前の少年漫画は「お楽しみ」として消費されて消えるものであり、本来はこのように「残るもの」ではなかった。手塚治虫は60年代前半、大流行していた忍者ものの「十番勝負」的形式、山田風太郎の時代小説が発端と思しき「特殊能力者たちがヒーローと次々に対決し、これを倒していく」というフォーマットをヒントにしたとも言われている。「PLUTO」を知った上で再読すると、かなりドライに思えるだろう。
 月刊雑誌「少年」(光文社)の1964年6月号付録から始まった手塚治虫の「鉄腕アトム」「史上最大のロボットの巻」(後に「地上最大のロボット」に改題)は、国外追放されたサルタンが完成した大型ロボットにプルートウ(浦沢版はプルートゥ)と名付けるところから始まる。彼は世界最強のロボット7人の顔が描かれたリストを見せ、これをすべて倒して「ロボットの帝王」となることを命令する。
 PLUTOとはローマ神話における「冥界の王」を意味し、ギリシア神話のハーデスが由来とされている。だからプルートウは「力比べ」を主目的とすると同時に、突然ロボットたちの前に出現して不可逆な「死」をもたらす理不尽な災厄として物語を推進していく。そして驚かされるのは、最初の標的であるスイスのモンブランを破壊するまで、小さなサイズの付録でたったの10ページ、当時存在したコマノンブル(各コマに振られた丸数字)では14コマしか使っていないことだ(復刊ドットコム発行「鉄腕アトム 《オリジナル版》12巻」による)。月刊誌連載ということもあり、当時のスピード感がうかがい知れる。
 現在読むことのできる手塚版は、本誌と付録とでサイズの異なる原稿を切り貼りし、部分的に描き足して再構成されたものがメインである。その状態の「鉄腕アトム 手塚治虫文庫全集(7)」(講談社)でカウントすると全177ページの物語であり、約200ページの単行本8巻の浦沢版「PLUTO」と比較すると約11パーセントの量しかない。この分量の差も、時代性を反映したもので、そうした分析を誘発する点で、今回のアニメ化には大きな意義がある。手塚版自体、過去に3回アニメ化されているので、それらと比較する手段でも、何か新しい発見があるかもしれない。
 この「手塚治虫文庫全集」では、手塚治虫自身がコメントを記している。そのなかでは「この物語はアトムの中でもいちばん人気のあったものです」「ちょうどアトムのテレビがひょうばんをよび ぼくもいちばん仕事がたのしかったころの作品です」という言葉が目立っている。それをふまえて復刊ドットコム版を見ると、「『鉄腕アトム』の映画が、美しい色彩で全国の日活映画館の大スクリーンに登場します。ご期待ください!」とハシラにあったり、「虫プロダクション友の会」を設立して会誌「鉄腕アトムクラブ」刊行を告知した広告が再録されたりしていて、絶好調のなかでの雑誌掲載であることが裏づけられる。
 ところがその絶好調さと、対決展開重視のスピーディーな展開に反して、よく読みこむと「地上最大のロボット」の中に、不穏な要素が多々盛りこまれていることも判明してくる。浦沢直樹自身、未就学児童で読んだときに何か大事なものを感じたとコメントしている。その代表はラスト、アトムとお茶の水博士の会話である。
「ねえ 博士 どうして ロボット同士 うらみもないのに 戦うんでしょう」
「さあね わしにはよく わからんが 人間が そう しむけるのかも しれんな」
「ぼく…いまに きっと ロボット同士 仲よくして けんかなんか しないような 時代になると 思いますよ きっと……」(セリフより引用)
 最後まで読み進めれば、本作の全体像が警鐘のトーンを帯びていることもわかるし、理想を見すえた願いに貫かれていたことにも気づくはずだ。それが浦沢直樹版「PLUTO」とアニメ化を実現させる推進エネルギーとなっていたことも……。
 約40年が過ぎてロボットや人工知能は具現化し、進歩の次の階段を昇り始めた。であれば手塚治虫の「願い」が叶えられたのかどうか、はたして人類は進歩したのかどうか、特に未来をこれから築いていく子どもや若者には、ぜひともよく考えてほしい。
 物語が終わった後も、外に広がる世界や、過ぎ去った時間との関係性を掘り下げることには価値がある。答えの容易に出ないことを考えぬくことで、かつて見えなかったものが見えてくる。今はその種の「物語」こそが求められる時期ではないか。そんな直感は、配信アニメ「PLUTO」を観て、ますます強くなった(敬称略)。

氷川 竜介

氷川竜介の「アニメに歴史あり」

[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ)
1958年生まれ。アニメ・特撮研究家。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。

作品情報

PLUTO

PLUTO 7

憎しみの連鎖は、断ち切れるのか。人間とロボットが<共生>する時代。強大なロボットが次々に破壊される事件が起きる。調査を担当したユーロポールの刑事ロボット・ゲジヒトは犯人の標的が大量破壊兵器となり...

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