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特集・コラム 2019年6月3日(月)19:00

【氷川教授の「アニメに歴史あり」】第16回 ガンダム音楽の変遷とその頂点

(C)創通・サンライズ

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1979年から1982年まで、筆者はファーストアルバムを除く全ての「ガンダム音楽」のアルバムに何らかの形で関わった。作曲の渡辺岳夫、松山祐士にとっても、代表作と言える仕事だったに違いない。ここでは収録や構成に立ち会った現場感覚を交えながら「ガンダム音楽の歴史」が「アニメ音楽の変革」と同期した歴史について語ってみたい。

この4月、「1979年の奇跡 ガンダム、YMO、村上春樹」 (南信長著/文春新書) という本が出た。YMOがシンセサイザー主体のテクノ音楽を一般化させ、それをSONYのウォークマンで聞き、ゲームセンターや喫茶店では爆発的ブームを呼んだタイトーのスペースインベーダー(1978年発売)で遊ぶ。そうしたアイテムの共通項は「電子革命」である。LSI技術の急発達でロジック回路が高集積化し、ブレイクスルーを起こす。それがコストダウンにつながってカジュアル化したのだ。集英社の「ヤングジャンプ」の創刊も同じ1979年で、「機動戦士ガンダム」の放送時期が若者文化の激変期だということが如実に分かる。

「ガンダム音楽」も先述の3年間で、次々と新しい顔を見せることになる。特にシンセサイザー革命は「劇伴」「BGM」という呼称が象徴する「映像が主で音楽は従」という発想を変え、「作品を先導する音楽」をつくる方法論を拡張した。具象的な文章や映像だけでは、感情や観念を描くのに不充分なところがある。その点、電子音には無機質、中立という性格があり、少人数の作業で完結する取り回しにもメリットがある。その抽象性の高さでイメージ触発ができるかもしれない。
 セカンドアルバム「戦場で」がシンセサイザー主体のコンセプト・アルバム的になったのは、時流の反映だったのだ。新規性は、安彦良和によるジャケットイラストだけではなかった。挿入歌3曲に加えて新録された音楽には、クライマックスのイメージが満載だ。地球連邦軍による決戦「艦隊宇宙へ」、直径6キロメートルのコロニーレーザー「ソーラ・レイ」、最終的に物語を決着させる「邂逅ニュータイプ」、結末を予感させる「再生のための終焉」「宇宙(そら)よ」などなど、富野監督によるタイトルの言霊には胸躍らされる。現在では一般化したイメージは、放送に先行して音楽媒体で最初に観客へと届けられたのだ。結果的に使われなかった曲も多いが、それは逆説的にアルバムの先進性を示している。
 放送終了後の1980年6月には、オーケストラ編成にアレンジされた「交響詩ガンダム」(演奏/新日本フィルハーモニー交響楽団)が録音される。キングレコードの藤田純二ディレクターはクラシック部門出身で、すでに「交響詩ウルトラマン/交響詩ウルトラセブン」がリリースされていた。その経験もあり、改めて本格的編成というシンセ化とは逆方向の展開が試みられたのである。
 こうしたトライアルを経た結果、1981年3月からの劇場版「機動戦士ガンダム」3部作は芳醇な音楽世界を獲得することができた。まず第1作では「交響詩」の重厚なアレンジを反映した曲が新規収録され、リッチな編成による映像の補強が成されている。同時に武市昌久がシンセサイザーを多用した楽曲を新作し、ガンダムがジャンプ力を活かして空中戦を行うシークエンス等に使われている。このシンセは近年評価されている松武秀樹――「4人目のYMO」とも称されるシンセサイザープログラマーによるものである。単に電子音を鳴らすだけでなく、人間が可能な演奏の限界を突破したコンピュータ操作で、アムロがモビルスーツの常識を超えた運用するシーンの高まりを表現しているのだ。
 劇場版ガンダム3部作は、2作目で音響監督が松浦典良から浦上靖夫に交代した経緯もあり、「アニメ音楽のつけ方」の「3種のサンプル」となっている点も非常に面白く、歴史的意義がある。まず1作目に関し、音楽打ち合わせ用のオールラッシュに立ち会った筆者は、富野由悠季監督が「テレビの曲のままで、ただし劇場に映えるようパワーアップしてほしい」と明言したのを聞いている。これは絵づくりの方針、ストーリーのまとめ方とも合致した方向性だ。だから「主張のある音楽を絵と併存させ相乗効果を期待する」という、日本のアニメに特徴的な音楽のつけ方になっている。
 これが2作目「機動戦士ガンダムII 哀戦士編」になると、新作カットの絵づくりも実写で言う「撮り増し(追加撮影)」的になり、ストーリーのまとめ方もシークエンスを完全に解体してモンタージュを徹底して新味を加える方向性となった。結果的に音楽に関しても久石譲の楽曲を含む完全新作となった。ただし、1作目公開から約4カ月後と早い時期の公開である。音楽もメニュー出しによる「溜め録り」に近いものとなり、その素材を音響監督のセンスで映像につける方式となった。中にはイントロなど「ブォーン」とコントラバスの低音による「音色で雰囲気を醸しだす」という特徴的な用法も含まれている。
 そして安彦良和がテレビの作画に手を入れる期間をたっぷり取った3作目「機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編」で、「ガンダム音楽」は飛躍した。オールラッシュの映像を家庭用ビデオテープに落とし、それをベースに作曲が行われたのだ。音楽打ち合わせでは「ここからここまでこういう音楽が流れます」と、いわゆる「Mライン」の提示と楽曲の仕様出しが行われている。つまり「フィルムスコアリング」のスタイルが取られている。だから同作には「メニュー表」が存在しない。渡辺岳夫がキングレコードに残したアフレコ台本上にMラインと曲目が書かれていて、音楽アルバムの構成はそれを手がかりに作業が行われた。
 この春に放送されたNHKのドキュメンタリー番組「ガンダム誕生秘話」で、富野由悠季監督は「戦闘シーンを外していけば、そのまま映画になるようテレビシリーズを作っていった」という趣意の発言をしている。特に「めぐりあい」に相当する最終ブロックは、そもそもテレビ時点でムダがなく、切る部分がなくて構成に苦心しそうだと、当時は語っていた。ファーストガンダムの全体期間――1979年4月から1982年3月までの丸3年間は、「動く絵を使って“映画にする”」という野望と情熱に対する試行錯誤の歴史でもあった。「めぐりあい」はその完成形であり、卒業式だということが、音楽の形態から分かるのである。
 こうした作品の内実、意欲が映画音楽の原点であり王道である「フィルムスコアリング」という表現様式を招いたと、筆者は考えている。アニメーション受容の醍醐味とは、こうした「内容と表現の一致」の探求にこそあるのだと、こうした事例から確信もしているのである(敬称略)。

氷川 竜介

氷川教授の「アニメに歴史あり」

[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ)
1958年生まれ。アニメ・特撮研究家、明治大学大学院特任教授。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。

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