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特集・コラム 2022年1月3日(月)19:00

【氷川教授の「アニメに歴史あり」】第37回 近くなって遠ざかり、また近くなった宇宙

「地球外少年少女」キービジュアル

地球外少年少女」キービジュアル

(C) MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会

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待望の新作アニメ「地球外少年少女」が2022年1月28日からネット配信(全6話)、劇場公開(前後編)と同時にスタートする。磯光雄原作・監督・脚本による完全オリジナルアニメである。パッケージ販売も並走するため、氷川は全話を見たうえで、磯監督とキャラクターデザイン・作画監督を担当する吉田健一によるオーディオコメンタリーにおいて、進行役をつとめた。
 その磯光雄監督の前作「電脳コイル」(07)は、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞、第29回日本SF大賞、第39回星雲賞メディア部門など数々の受賞歴があり、今作も大きな話題となるに違いない。「電脳コイル」はインターネット文化が大衆に開かれて子どもにとって「所与の環境」となった世界を描いて新鮮であった。
 「地球外少年少女」も「カジュアル化した宇宙」を未来ある子どもの視点中心に描いていて、そこに共通性がある。AIの急速進化で宇宙開発、宇宙旅行が一般化し、ネットアイドルもテーマパーク的な宇宙ステーションを訪問できる世界を設定。宇宙で生まれ育った者と地球から来た者とのカルチャーギャップを大前提に、そこで起きる大事件を通じてジュブナイルとして純度の高い冒険を描いている。
 「宇宙にコンビニとWi-Fiがあれば、みんな行けると思うし、行きたくなるだろう」といったコンセプトによって、まさに磯光雄監督でなければ実現できない、細部まで行き届いた総合的な世界観構築が楽しめる作品である。
 現実世界はちょうど、宇宙ブームの新局面である。民間の宇宙旅行が文字どおり軌道に乗り始め、専門家ではない民間人が(富裕層とはいえ)往還できるようになった。何もロケットの形状までレトロ風になることはないと思う一方、半世紀前の特撮によるロケット描写が意外に正確なことに衝撃を受けたりで、なかなか刺激的な日々だ。自分は未就学時期、「子どもはそれなりに賢いのに、なぜ大人は抑圧し、限界を勝手に設定するのか」と憤っていた記憶が今でも残っていて、「地球外少年少女」には脳内に反応する部分を多々感じるのである。自分もかなうことなら、異世界ではなく現在の小学生に転生し、宇宙をめざしてみるのもいいなと、つい思ってしまうそんな作品の登場が嬉しい。
 予備知識がないまま作品を楽しんでほしいこともあり、作品紹介はここまで。残りはこれを契機に「アニメにおける宇宙」をザックリと考え直したい。
 日本のアニメ文化初期、急成熟を実現させたファクターのひとつは「SF」である。1963年のテレビアニメ「鉄腕アトム」以後、「SF少年ヒーローもの」が隆盛となり、菓子・食品・薬品メーカーのイメージキャラクターとして機能することで量産化が進む。
 特に1965年、題名に「宇宙」関係を織りこんだ作品が急増する。それは冷戦構造を背景に高度成長期が実現したためで、東西二大陣営の内戦介入など代理戦争の亜種として「宇宙開発競争」が起きた時期も関与している。アニメの黎明期は、69年の米国によるアポロ11号月面着陸、70年の大阪万国博覧会アメリカ館における「月の石」展示を頂点とする「宇宙開発ブーム」とシンクロしていたのである。
 ところがちょうど70年前後、このブームが反転し、科学信仰が失墜するようなパラダイムシフトが起きる。「成長の限界」が唱えられ、主として公害やオイルショックが原因で「終末ブーム」となり、未来は希望よりも絶望のムードをまとうように変わっていった。膨大な資源とエネルギー消費を必要とする月面への有人飛行が後退し、リサイクル可能なスペースシャトルに変わっていったのも、この流れが招いたことだ。
 空想映像の世界ではどうか。日本では74年に「宇宙戦艦ヤマト」が登場し、ワープによる14万8千光年と超長距離の星雲間飛行が描かれた。アメリカでは77年にコンピュータの導入によるSFX映画「スター・ウォーズ」が大ヒットし、宇宙SF映画が量産されるようになる。この日本公開と「ヤマト」の劇場映画のヒットが同期したことで、しばらく「宇宙SFアニメ」が多く作られることになった。
 この2作はいずれもファンタジー要素が多い「ロマン派」と位置づけられる。宇宙をワイドオープン、未知で未開で人智を超えた現象や生物があり得る場だと想定し、現実の束縛から観客を解放させるタイプである。
 それと対照的にあるのが「リアル派」である。その代表は68年公開の映画「2001年宇宙の旅」だ。スタンリー・キューブリック監督の完璧主義が作用し、無音、無重力などの宇宙における描写を徹底し、宇宙ステーション、月面基地、木星往還船など科学技術の延長で実現可能なものを映像化している。ただしこの原題は「スペース・オデッセイ」であり、終盤になってロマン的要素の高い神話風展開へとジャンプする。
 これを応用したのが79年、富野由悠季原作・監督の「機動戦士ガンダム」なのだ。リアルとされることの多い地球近傍の宇宙植民地という舞台設定、無重力戦闘描写の徹底を土台として、未開の地・宇宙を前提とした概念「ニュータイプ」へと飛翔する。そのバックボーンとして地球環境汚染の限界、成長のための資源やエネルギーを宇宙に求める流れの必然性などの思索的な要素に厚みがあり、日本アニメを文芸・文学的な切り口で語るに値するものと高めた功績は大きく、それも「宇宙」と深い関係にある。
 富野監督は「伝説巨神イデオン」を80年に続けて発表。これは「人の存在」を根源から問い直す「思考実験の場」として「宇宙」を再定義し、星間戦争を通じて2種の人類が全滅してしまう「究極のカタストロフ」を描き出した。
 「ガンダム」と同じ79年には「ロマン派」の決定打として松本零士原作・りんたろう監督の「劇場版 銀河鉄道999」が登場する。銀河系を旅する蒸気機関車と、宮沢賢治の童話にも通じるファンタジー要素で大ヒット。そして82年の「超時空要塞マクロス」では数万年規模で継続するスペースオペラ的な星間戦争と、宇宙船内に都市があってアイドルが歌唱し、青春恋愛が展開する場が同居した。ここに至ってロマンとリアルとカジュアルと神話が合流して、初期の「全部入り」が完成したのだった。
 ここまでのメイン要素を振りかえってみると、いずれにせよ「未知・未開」と日常を離脱する感覚を「宇宙」に求めていることが分かる。しかし一方で、バブル経済とその崩壊に向かう流れの中で、それが次第に通じなくなる世情の変化が起きた可能性も感じられる。
 たとえばその変化のまっただ中、87年にガイナックスのアニメ映画「王立宇宙軍 オネアミスの翼」が作られている。これは第二次大戦から朝鮮戦争ぐらいまでの文明レベルにある完全異世界を構築し、アメリカの宇宙開発計画を描いた83年の映画「ライトスタッフ」的な有人宇宙飛行計画を描いた作品だ。
 同時期はコンピュータRPG「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」がヒットし、異世界ファンタジーへと主流が推移する原点でもあり、ストレートな「現実の科学描写」が受け入れにくくなったのかもしれない。
 宇宙ものは庵野秀明の監督デビュー作「トップをねらえ!」(88)など、まだまだ注目作はあるし、90年代以後どうなったか、また機会があれば分析してみたい。はっきりしているのは、21年現在「宇宙もの」はそれほど主流ではないという事実だ。かつて隆盛になったことに理由があるのと同様、なぜそうなったかには確実に理由があり、それを分析することが日本製アニメの特質を明らかにするはずだ。さらに22年の「地球外少年少女」がどう作用するのか。興味津々の新展開を見守っていきたい(敬称略)。

氷川 竜介

氷川竜介の「アニメに歴史あり」

[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ)
1958年生まれ。アニメ・特撮研究家。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。

作品情報

地球外少年少女

地球外少年少女 13

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