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特集・コラム 2022年9月19日(月)19:00

【編集Gのサブカル本棚】第18回 1話の絵コンテを描く監督、描かない監督

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あるアニメ作品が面白かった。それは誰の力によるものなのか。商業アニメは集団作業が原則で作品ごとに事情が異なることは承知で乱暴に言いきると、まずは監督の力によるものと考えていいと思う。言いかえると、作品の出来について責任を負うのも監督の仕事のひとつと言える。では、監督は具体的に作品づくりにどうコミットしているのだろうか。
 庵野秀明監督は、インタビュー本「庵野秀明スキゾ・エヴァンゲリオン」(大泉実成・編)で、監督の仕事とは「基本的にはOKとNGの判断」だと語っている。オールOKならば何もしないで済ませられるが「NGを出した場合が問題」で、代わりにどうするかを考えなければならない。宮崎駿監督のように絵が描けて驚異的な早さで仕事をこなせる監督の場合、全部自分でやってしまうが「それはすごく大変」と話す庵野監督も、脚本、絵コンテ、設定、色などを自分で直すことで、「どこまでも抱え込んで自分の仕事を増やすことになる」と話している。

「現場監督」としての監督

映像の設計図と言われる絵コンテは作品にとって大きな要素で、特にテレビアニメの1話では、作品のトーンや方向性を示すお手本として監督自ら手がけるケースが多い。「あしたのジョー」「エースをねらえ!」「宝島」などを手がけた出崎統監督は自ら絵コンテを描くことを重視していたことが生前のインタビューなどで語られ、実際シリーズのなかで多く絵コンテを担当している。
 また、絵コンテの話題でカロリーコントールが大事だと監督やプロデューサーへの取材で語られることがある。スタッフの力量や制作現場の体力を考えて、絵コンテ段階で実現できるだけの画面や動きに調整することで、ときには各話スタッフが描いた絵コンテの大変すぎる部分を負荷がかかりすぎない内容に描きなおす。どんなに素晴らしいシーンを設計しても実現できなければ意味がないし、仮に実現できてもそこだけにリソースを集中しすぎて現場が疲弊しては元も子もない。
 筆者自身、取材をするなかで監督には建築工事における「現場監督」のような役割も大きいのだなと感じるようになった。制作スタッフにかかる負荷の把握やモチベーションの維持、予算やスケジュールなどを考えて現場を上手くまわしていくことが求められる。以前ある作品の取材をしたとき、明確に言葉にはされなかったが、制作が少し進んで思ったよりも現場に体力がないことが分かったため、監督は途中から負荷の軽い方向に切り替えたのだなと想像できたことがある。
 とはいえ現場の負荷ばかりを軽くしても、作品そのものが面白くなければ意味がない。監督は、理想と現実のあいだでジレンマを抱えながらつくるなかで、ときには大きな負担をかけてでも実現しなければいけない場面もでてくるはずだ。その場合、それだけの手間をかけた効果が作中に表れていなければならない。庵野監督も別のインタビューで、基本的にテレビアニメではスタッフに満足のいく制作費が払えていない現状をふまえたうえで、「監督として、参加してくれたスタッフに対してできる事は『やって良かった』と思ってもらうことだけなんです」と話していた(「アニメスタイル第1号」掲載ロングインタビューより)。

絵コンテを描かない監督

前段で触れた絵コンテの大切さやカロリーコントロールのことを考えると、テレビアニメの場合、監督が多くの話数の絵コンテを手がけているほうが、外からみると多く仕事をしているようにみえる。実際その通りのケースも多いと思うし、筆者自身もクレジットに監督の名前が多くある作品のほうが好みなほうだが、あるときから必ずしもそうではないのだなと考えるようになった。
 例えば、傑作ギャグアニメ「ぱにぽにだっしゅ!」では、監督の新房昭之氏は全26話のうち1話も絵コンテを担当していない。当時のインタビューによると、新房監督はスタッフたちに自由に遊んでもらうためのフォーマットをつくったそうで、それがスタッフの熱量と絶妙にハマったことで爆発的な面白さがでたようだ。また、新房監督とは違う別のある作品で監督自身が絵コンテを1話も担当しない理由として、信頼できるスタッフに任せて自分は別のことに注力したほうが現場が上手くまわるからという話を聞いたことがある。その前段階の脚本をしっかり固め、絵コンテを依頼する打ち合わせで意図を伝えられればいいという考え方だ。
 集団作業のアニメづくりにおいて、監督は誰かに「やってもらう」ことが圧倒的に多い。そのなかで、大事な絵コンテさえもすべて他人に任せてしまう。ビジネスの世界でも、仕事はひとりで抱え込まずに手放し、どんどん人に任せていくべきだとよく言われる。「神は細部に宿る」の言葉のとおり、監督がすみずみまでチェックすることが大事なのはもちろんだが、「木を見て森を見ず」になっては困る。今ではポジティブな意味で使われることのほうが多くなった「こだわる」という言葉も、本来はひとつのことに拘泥(こうでい)するという意味なのだから、こだわらない大切さもあると思う――コラムを依頼する立場である編集部員の筆者がこうした文章を書いている時点で説得力がないのだけれど。
 人に任せてその人の良いところを最大限引き上げるのも監督の仕事のひとつのはずだが、そうした部分は外部からはなかなか見えてこない。またクレジットには出ていないが実は監督が他のスタッフが描いた絵コンテをほとんど修正していたなんて事実が、あとから懐かしい話として出てくることもある。監督がどれだけの仕事をした(あるいはしていない)かは究極一緒に仕事をしたスタッフにしか分からないはずで、取材をとおしてうっすら見えてくるぐらいだと思う。

コンセプトとしての監督

監督の仕事が、実作業とは別のところに存在するケースもある。テレビアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」には「超監督:涼宮ハルヒ」という役職が存在する。同作では、主人公ハルヒが文化祭のために撮った自主映画という設定の「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」が初回に放送されたが、これはハルヒが監督だったら1話目には自分の作品をもってくるだろうという発想でつくられた。このケースは「コンセプトとしての監督」にあたるが、「〇〇だったらどうするだろう」とスタッフに考えさせ、それによって物事が決まったのならばこれも立派な監督の仕事だと言えるだろう。(「大阪保険医雑誌」22年6月号掲載/一部改稿)

参考文献
・「公式ガイドブックぱにぽに3 今日から使えるぱにぽにだっしゅ!」(スクウェア・エニックス刊)
・「オフィシャルファンブック 涼宮ハルヒの公式」(コンプティーク編・角川書店刊)

五所 光太郎

編集Gのサブカル本棚

[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ)
映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。

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